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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    支部でタグを付けてくださった方、ありがとうございます。かなり笑わせていただきました、嬉しかったです。
    ぜひここに式場を建てましょう。

    #スカ蛍
    ScaraLumi

    散兵様の心「クニクズシ?」
    「ああ。稲妻の芝居に出てくる人物らしいぞ」

    人差し指を立て得意げに語るパイモンに私はぼんやり相槌を打った。ふわふわと浮かぶ彼女の背後に稲妻城が小さく見える。
    鶴観の霧を晴らし、久しぶりにここへ戻って来たのはリフレッシュ目的だ。

    (色々とヘビーだったな……)

    あの地で起きたことを知った日の夜は食事を摂らなかった。
    解決には至ったのだが、いつものようにお腹いっぱい食べる気には到底なれなかった。パイモンも本調子でなく、結局静かに寄り添い合って眠りについた。
    元々気分転換を兼ねての冒険だったが……最終的に少年を笑顔にしてあげられたことだけが救いか。

    (そう、気分転換)

    タルタリヤと話してからずっと塞ぎ込んでいたのだ。困った様子のパイモンに頭を撫でられた記憶が蘇る。
    理由は勿論、スカラマシュ。
    軽く二週間は経過したものの未だに考え続けている。
    流石にぐちゃぐちゃだった脳内はやや落ち着いてきて、今はそれこそ鶴観のように霧がかった感じで……要するにボーッとしていた。

    (あまりに意味が分からな過ぎて……)

    見るからに"女皇様に忠誠を誓っています"といった雰囲気ではないけれど。
    それでもファデュイだろう?執行官だろう?
    なぜあんなに重要なことを隠して行方を眩ませた?
    何らかの目的があって一丸となり動いているのでないのか。
    これではまるで。

    (最初から自分の為だけの計画)

    完全なるスカラマシュの単独行動。

    (神の心……)

    一体何をする気だ?戦争でも起こすのか。雷電将軍への復讐か。
    しかし、私が見る彼からはとてもではないがそんな野望を抱いているようには……。

    「こら!また難しい顔してるぞっ」
    「あっ。ご、ごめん」

    私の顔の前でぺちりと可愛らしく手を打つパイモン。お陰で現実へと引き戻された。
    明らかに機嫌を損ねた風の彼女に謝りながらおにぎりを渡す。音速で取り、あっという間に平らげてみせたパイモンに噴き出す私。
    彼女が口元の米粒をぺろっと舐めつつ、

    「で、さっきの話だ。"国を崩す"と書いて国崩……物騒な名前だよな」
    「確かに。反乱分子、なのかな」
    「悪事を企んでいたのは間違いないそうだ」
    「へぇ……」

    国を揺るがせる程の、だろうか。
    だとしたら何故その考えに至ったのか。
    思案してふと気付かされる。

    (私……変わったよね)

    以前はそこまで追求していなかったように思う。
    人を傷つけるのは悪いことだ、殺すなんて以ての外だ。
    それより先は知る必要がなかったし知ろうとしなかった。ただただ許せなくて悪の芽を摘んでいた。
    だが今は、"敵"に近付き過ぎた。
    彼は根っからの悪人などでは……きっと何かあるんだ……。

    (理由があれば人の命を奪っていいの?)

    そんな道理はない。
    邪眼がもたらした悲劇が過ぎり、拳を固く握り締める。
    スカラマシュ。
    私は彼と、どうなりたい?
    これは以前から悩み続けていること。けれどそれだけではいけない気がする。
    仲間たちの顔が次から次へと浮かんでくる。
    そうだ、彼らと同じ扱いでは……付き合い方ではいけないのだ。
    元より分かっていた茨の道。
    スカラマシュと真の意味で向き合うには、

    (彼を、どうしたい?)

    ひらり。
    私のすぐそばを紫色が横切った。

    「雷晶蝶だ!」

    パイモンが瞳を輝かせて追いかける。
    稲妻にのみ生息する、神秘的な光。稲妻城の方へと舞い上がっていく。
    どうしても思い出してしまう。彼女の姿を。

    (影……)

    貴女ならスカラマシュの気持ちが分かる?もう一度出会ったらどんな言葉をかける?

    「あ〜、逃げられたぁ。あと少しだったのに」

    肩を落としたパイモンに「そろそろ行こうか」と声を掛け、私は歩き出す。
    不意に風が吹き、城を臨む彼の幻影を見た。
    ひらひら、ひらひら。
    揺れるスカラマシュの袖口。笠の……垂れ衣と言ったか。
    どれもこれも、あなた自身によく似ている。
    涼しい顔でひらりひらりと。こちらの苦労なんて何のその。
    本当に……捕まえられそうで捕まえられない。

    (まるで蝶)

    なんて。芝居じみてるよね。
    幻の跡に緋櫻毬が散っていく。苦笑して見上げた空には、紫の痕跡など何処にも見当たらなくなっていた。





    また一週間が経過したある日。

    (今度こそ一旦スカラマシュから離れようと思った、のに)

    「相棒と会えるなんて本当に嬉しい偶然だったよ」
    「良かったね……」

    頬に付着した返り血を拭いにこやかに語っているのは、戦闘狂の青年・タルタリヤ。
    天領奉行からの依頼で訪れたここ、訣籙陰陽寮で彼と出会した私はまたもやスカラマシュループに陥っていた。
    数多の魔物が蔓延る秘境での任務……危険は百も承知だったが放ってはおけないし、戦いだけに集中できるのではという考えもあって引き受けたのだが。

    「本来の目的は果たせなかったけど大満足だ、こうして君に会えたんだからね。いい運動にもなった」
    「これを"運動"で片付けるの……」

    まさかスカラマシュを嫌でも思い出してしまう人物が現れるとは。
    私は、遠くにいる辛炎の方へと視線をやった。共にこの秘境を駆け抜けてきた面倒見の良い女の子だ。
    割って入ってくれないだろうかと淡い期待を抱いたのだが、他事に気をとられていて私の引き攣った顔は視界に入っていない様子。
    やむを得ず、お喋りを続けるタルタリヤに相槌を打つ私。
    式大将のことが先決だと気を引き締め終点に辿り着けはしたものの……彼が登場した時は酷く動揺した。
    辛炎が一緒なのを忘れ、危うく「スカラマシュは戻って来た?」などと縋りつくところだったのだ。
    秘境を楽しむタルタリヤを恨めしく思いつつ、グッと堪えて任務を終えた。

    (だけど、いざ終わってみたら……)

    切り出せない。
    きっと帰ってはいないと思うと怖くて。
    タルタリヤと接しているとどうしてもスカラマシュが過ぎる。
    もどかしい。でも、でも……。

    (駄目だ、辛炎を呼ぼう)

    もう一度彼女の方を見ようとして息を呑んだ。
    光を宿さない、静かな蒼が目の前にあったのだ。

    「タルタリ…、」
    「分かってるよ、気になるんだろ?……散兵が」

    私を覗き込むタルタリヤの言葉に心臓が跳ねた。
    「素直だね」、言いながら彼が耳元に唇を近付けてきてこう囁いた。

    「神の心を持って行方を眩ませた」
    「!!」

    組織に気付かれたのか。
    やはり戻っていないという事実にショックを受けたのと、少年が追われる身になってしまったのではという焦燥感でこめかみに汗が流れていく。

    「どうしたの?顔色が悪いよ」
    「や、びっくり、して」
    「へぇ……何に驚いたんだ?」

    タルタリヤの意図が掴めない。
    いつもより低い声音がやたらと艶かしくて、少し……恐ろしくて。
    彼もファトゥスなんだと当たり前のことを再認識した私は、

    「──俺が散兵を殺そうとしてるんじゃないか、って?」

    言葉を失った。
    タルタリヤがまた覗き込んでくる。昏い昏い、蒼の瞳で。

    「本当に素直だな……可愛いね、相棒」
    「ま、待って。タルタリヤ、その」
    「何を待つの?散兵が死んだら不都合があるのかな」

    いけない、下手なことを口走ってしまう。
    スカラマシュと共謀しているみたいではないか。自分の立場を思い出せ。

    (……だけど)

    不貞腐れたり、照れたり、笑ったり。
    傲慢で冷たい人物だと思っていたのに、クルクルと変わるその表情は思わず歳の差を忘れさせる。
    人形であることも、敵であることも、忘れさせる。

    (それはいけないことなの?友達…、ううん)

    大切な人を守りたいと思うのは。

    (……自分で自分に腹が立つ)

    そこまで考えているのになぜ言えない?「不都合?あるに決まってる」と。
    生半可な覚悟ではスカラマシュに近付けない。きっと立場も、仲間も、自分の目的も……全てを捨てる覚悟でなければ。
    ファトゥス一人に怖気づいていては……。

    (こんな私、失望されてしまう)

    スカラマシュに相応しくない。
    不意にハッとした。以前ぶつかった疑問の答えが出かけている気がしたのだ。

    (私がスカラマシュに、求める関係)

    そう、私は彼と。

    (違う、スカラマシュ"を"、)

    ぽん。
    頭にのせられた大きな手に思考が遮断された。

    「ごめんね、意地悪しちゃった。なんだか妬けてきて」
    「え、ああ……」

    我にかえったのと、いつもの飄々としたタルタリヤが戻ってきたのとで少しポカンとしながら気のない返事をした。
    謝罪の言葉とは裏腹にまだ含みのある微笑を浮かべている青年。
    ふ、と小さく息をつき私に背を向けてきた。

    「俺はね、この秘境が散兵と関係しているのではないかと踏んで来たのさ。ま、空振りだったけどね。……神の心を持った散兵は俺たちと連絡を絶った。これにはおそらく何か裏がある」

    一拍置くタルタリヤ。私は口を挟むこともできず身構えた。

    「こうなるのを予想していなかった訳じゃない。ファトゥスの多くは自分の目的を持っているからね」

    青年が一つ大きく頷いた。

    「あの心は暫く泳がせておくとするよ」
    「えっ!」

    思わず声を上げた私にタルタリヤが振り向きにっこり微笑む。つい喜び混じりの声音になってしまったのだ。
    慌てて口を手で塞ぐが、彼の表情からして伝わっているのは明白だった。
    つつかれるだろうか。そう思った時、タルタリヤが出口の方へと歩を進めだした。
    しどろもどろになりながら私は彼に別れの挨拶をする。

    「タ、タルタリヤ!ありがとう、またねっ」

    青年の足が止まる。
    ややあって彼がポツリと言った。

    「一緒に秘境の謎を解いてくれて…って意味のお礼?」
    「え?」
    「それとも……"散兵を追わないでいてくれて?"」

    彼にしては声が硬い気がする。考え過ぎだろうか?
    返事に困っていると、タルタリヤが「……いつの間に君も」、そうもらして控えめに笑った。まるで自分で自分がおかしいみたいに。

    「ホント、もう少しここにいたかったね」

    広い背中が何だかとても寂しげに見え、らしくない様子の彼に歩み寄ろうとした。
    が、それを止めるようにタルタリヤが言葉を続ける。

    「長く滞在すればするほど、次に会った時の喜びも大きくなる……夜空の星に似ているね。君はいつも多くの驚きをもたらしてくれる──俺の相棒」






    辛炎に別れを告げた後、私は未だ鶴観にいた。
    霧雨が降っている。晴らしても晴らしてもモヤがかって……本当に厄介だなと洞窟内で一人苦笑した。

    (タルタリヤ……)

    最後の一言。
    僅かに情感が込もっていた。これは気のせいではないと思う。
    けれど私の頭の中は。

    (夜空の星)

    私もそれに似たものを知っている。
    スカラマシュの瞳だ。
    どうあってもあの少年を思い出す。
    膝を立てて座り、頬杖をつく。物思いに耽る時の癖だ。
    細かい雨粒を眺めながら私は式大将の言葉を浮かべた。

    『僕は晴之助に創造された一種の"兵器"だ』
    『今となってはこの秘境も意味のないものとなった。主に捨てられた兵器に一体なんの価値があると言うのだろうか』

    重なる。少年と。
    雷電将軍の器として創られ、手を離された。
    そしてファデュイの手で、

    (違う、スカラマシュは兵器になんかなってない)

    組織に仇なす者になったとて、存在理由を失ってなどいない。
    きっと本当は力を欲している訳じゃないんだ。神の心を持って行ったのだって、争いをもたらす為じゃないんだ。
    信じて、信じて……。

    (誰に弁明してるの、私)

    虚しい、悲しい。
    私だけが知っているスカラマシュ……なんて贅沢なんだろう?
    でも、彼の切なさを他の誰も理解できないんだね。

    (そうだよね、だって)

    助けの求め方など、とうに忘れた。僕は一人で生きていく。

    スカラマシュの声が聞こえた気がした。自分自身で望むのをやめたのだと。
    それと同時にタルタリヤが秘境で言った台詞が蘇る。

    『戦いに沈んだ者は、みな自らの意義と価値を追い求めている』

    スカラマシュ…も?
    同じファトゥスの青年が強く発した言葉に惑わされていく。
    何もかもに冷め切って、諦めて、その身を呪う少年が辿り着いた先は。

    もはや僕にはこれしかない。
    力が欲しい。神に抗えるような……創造主あの女をも凌駕する力が。

    そう。タルタリヤとは別のベクトルで……、

    (でも、それだと)

    『終点を追い求めるのは、終わることを望む者だけさ』

    心臓が早鐘を打ち始める。
    違うよね?スカラマシュ。復讐なんて考えていないよね?
    果たせて……しまえたら。

    (終わらせ、たいの?)

    滅びの時をただ待つなんてまっぴらごめんだね。
    だってそれ、いつ訪れるの?
    もう耐えられないもの。構わないよね?こんなに我慢してやったんだから。
    本当の人形ってね、喋らないんだよ。僕がつくってあげる、正しいお人形。
    そうしたら、永い眠りにつける気がするんだ……。

    水が跳ねている。雨足が強くなったのだ。
    私は洞窟の外に飛び出した。ずぶ濡れになって洗い流してしまいたかった。
    もっと激しさを増してほしい。私の思考をかき消して、早く、早く!
    こんなの馬鹿げた妄想だと気付かせてよ、

    「スカラマシュ!」

    叫んだ瞬間、雨が止んだ。

    (違う)

    「何をしているんだい、気でも狂った?」

    私の腕を引いたスカラマシュが、笠の下に入れてくれていた。
    驚きのあまり何も言えない。「また大声で僕を呼んで」、呆れる少年を瞳に映すことしか。

    「君って本当に理解でき…、え?」

    彼が戸惑った風に言葉を止めた。ボロボロと泣き始めた私を見て。

    「は?な、なに。ちょっと…」
    「逢いたかった……っ」

    スカラマシュだ。幻影なんかじゃない。本当のスカラマシュだ……!
    私は思いきり少年に抱きついた。驚いたのだろう、華奢な体躯が一瞬引きかける。しかし。

    「君、逢えても逢えなくても泣くものね。──僕も、無性に逢いたかった」

    スカラマシュが、抱きしめ返してくれた。小さな呟きと共に。
    いつもの私なら驚愕と恥ずかしさで飛び上がっていただろう。だが……。

    「スカラマシュ、スカラマシュっ……!」

    言葉では言い表せられない嬉しさから夢中で抱きしめる。
    離れたくない。蝶みたいに手の届かない所まで行ってしまいそうで。

    「分かったから、ちょ、強いって」

    スカラマシュが少し抵抗し、やがて溜息をついた。
    そしてまた、優しく包み込んでくれる。

    「……いるから。ここに」

    彼のその言葉がどれだけ重いか。やはり知っているのは私だけなのだろう。
    スカラマシュは、しゃくり上げる私の背中をおずおずと撫でながら泣き止むのをずっと待ってくれていた。




    「……落ち着いた?」
    「うん、ありがとう……」

    少年と横並びに座った私は、今や羞恥心で爆発寸前だった。
    大雨の中走り回って(しかも結局洞窟に戻って来た)、恋人でもない男の子に許可なく抱きついて、挙句の果てにわんわん泣き喚く……。
    は、恥ずかしい。今頃恥ずかしくなってきた。
    濡れ鼠の少女を発見したと思いきや自分の名を叫ばれた彼の気持ちとは。
    完全に奇行だ、穴があったら入りたい。
    お尻をもぞもぞしてしまう私にスカラマシュがやや引いた顔を見せてくる。これ以上醜態を晒すな、私。

    「そ、それにしても鶴観で会うなんて。用事?」

    気を取り直してやんわり話しかけると、

    「別に。煩わしい部下のいない場所に来たかっただけ」

    速攻で話題が終わってしまった。
    ……正確には、ファデュイの目の届かぬ場所なのだろう。まあ、鋭いことにタルタリヤがやって来ていたが。
    追手のかかった身であるのを知っている体で、質問…してもいいのか?
    だが、答えてくれそうにないし踏み入り過ぎな気もするし……何より拒絶されたら立ち直れそうにない。
    「落ち着くのもあるかな」、ぽそっと付け加えたスカラマシュの横顔には疲労の色が見えた。
    何か、何かないか。彼の気が紛れるような話。鶴観、つるみ、ツルミ……そうだ!

    「あ、あのさぁ!」

    裏返った私の声に、彼がギョッとした後相槌を打ってくれる。

    「いい、稲妻って、櫛を贈って求婚する習慣があるらしいね?」
    「……」
    「つ、つ、鶴観も、似たようなの、あるって。手作りのマウシロを…」
    「その話、長い?」

    グサリ。
    暗に''興味がない"と言われてしまった。既にズタボロの私のハートが完膚なきまでに突き殺される。

    (ん、待てよ?)

    前は「飽きた」とか言ってきて完全にシャットダウンされたな。
    一応聞く気はある風な言い方だった。うん、そう思っておこう。
    そっぽを向いたスカラマシュをチラと見て、私は手持ち無沙汰になりながらもおとなしくすることにした。
    何分経過したのか。
    落ちている小石を指でツンツンしている私に、スカラマシュが溜息混じりに言う。

    「本当はもっと別の話がしたいんだろ」
    「えっ……」

    見抜かれていたか。
    しかし、どこまで……どう聞けばいいものか。口ごもっていると彼がほくそ笑んだ。

    「君、隠し事に向いていないよ。その顔……公子から聞いたんだよね?僕が神の心を持ち逃げした、と」

    タルタリヤといる所を見られていたのか。
    もしくは青年の後に秘境を出る私を目撃したのかもしれない。
    お喋りなタルタリヤ……スカラマシュからの信頼が全くなさそうだ。彼に限った話ではないだろうが。
    いきなり核心に迫ることを言われ、もはや頷くしかなかった。
    「あいつ、余程教育されたいんだな」、少年が鼻で笑う。

    「ス、スカラマシュ。あのね」

    黙って私の言葉を待つ彼。
    少し目を泳がせ、私は意を決して口を開いた。

    「ら、雷電将軍に、復讐したいの?」

    沈黙。そして。

    「……ふ。あははっ!」

    スカラマシュが腹を抱えて笑い出した。確実に馬鹿にされている。されている、が。
    久々に見る彼の屈託のない表情に私は感動すら覚えていた。
    心の底から笑っている。可愛い。嬉しい。それ以外にも。

    (本心からの笑顔だ……)

    そんなつもりはないという、何よりの証明だ。
    先程あんなにも苦しまされた想像がいとも簡単に吹き飛ばされていく。
    まずい、また視界が潤んできた。
    安心感で泣きそうになっていると、ひとしきり笑い終えたスカラマシュがいつもの皮肉めいた笑みを浮かべる。

    「そうだね。人生、という表現でいいのかな?僕はそれを、彼女に大きく狂わされている。……屈辱だよね」

    怪しく光る瞳に私が動揺したのを見て、彼が「まあ最後まで聞きなよ」と笑った。
    弱まった雨を眺め少年が語り出す。

    「稲妻を彷徨いだして暫くは自分が周りと違うことに苦悩した。今はもう慣れたものだが……僕にも、そんな頃があったんだ」

    スカラマシュが自ら過去を打ち明けてくれている。
    私はあまりの衝撃に目を見開いた。

    「でも、だんだんどうでも良くなってきて、思考が麻痺して……力を手にしたら。"あ、なんだ。全部壊して僕と同じにしてしまえばいいじゃないか"、と」

    少年が首を傾かせ、虚空を見つめた。

    「人間を僕に近付ける方が手っ取り早い。そもそもの話、だ。僕が奴らの真似事をする必要がどこにある?……人形は熱を持たない。喋らない。みんなそうなれば、僕も口を開くことはなくなるだろう……」

    「これで一緒だね」、スカラマシュが渇いた笑い声を上げた。
    直後、すう…と瞳を濁らせる。

    「けれど、同じなのも気に食わない。脆弱な雑草共……この僕と同等だなんておこがましい。僕は全ての人間を越える"人間"。ああ、間違えているよね?分かっているさ」

    少年が左手で顔を覆いながら自嘲するように吐き捨てる。
    前にもこんなことがあった。自分に言い聞かせている……一人で生きる他なくなった彼は、自問自答を繰り返して無理やりに納得してきたのかもしれない。
    「一体、どうしたいんだろうね」。両の手で塞がれていく顔からは何も読み取れない。
    長い間の後、スカラマシュが平坦な声で言った。

    「とうとう分からなくなって狂った。……だが、呼び覚まされた」

    ゆっくりと彼の表情が露わになっていく。
    私の髪に、少年の真っ白な手が触れる。
    目が合う。星が瞬く、熱くも凍えそうなその瞳と。

    「人形でもいい……そんなのきっと、ただの諦めだった。君と出会って気付いた。気付かされた。扉を閉めて、厳重な鍵を掛けて。その向こうで寂しがっている僕自身に」

    煌めいているのは夜空か、涙か?

    「君の言った通りだ。僕は……あの時確かに傷ついていたんだ。公子にあって僕にないもの。足りないもの。だから僕のことは怖がるんだって、そう思うとすごく……悲しかった……」
    「スカラマシュ……」
    「君のせいだ、責任取れよ。おかしくなったんだよ、君と逢ってから。心って何?どうしたら分かる?これを使えばっ……」

    叩きつけるように言い、スカラマシュが懐から何かを取り出す。
    神の心だ。
    取り返さなくてはいけない。頭では分かっている。
    しかし動けない。縋るようにそれを胸に抱く彼を前にしては。

    「組織に渡したくなかった。心が、知りたいんだ。……追手がかかると行動しにくくなる。君と、話せなくなる……」

    絞り出された声。
    ついに本音を曝け出してくれた彼に、私は唇を震わせた。
    夢と現実の区別がつかない。
    待ち望んだことが叶ったというのに胸が締めつけられて苦しい。
    想像を絶する葛藤の中、彼は誰にも頼らず地獄の底を這っていたのだ。

    (ううん、今も)

    そこまで苦悩してもスカラマシュを襲う闇は深まるばかりで。
    だが、彼が撒いた邪眼によって…。
    少年の方へ伸ばした手が止まる。

    (私も、どうすれば……)

    同情するのが正しい道なの?違うよね。
    ならば、

    「っ!?」

    声にならない声が出た。
    空を彷徨っていた手をいきなり掴まれ、押し倒されたのだ。
    先程までの弱った様子から一転、禍々しい重圧が彼から発せられている。
    呼吸を忘れた私の頬に指を這わせながら、スカラマシュが澱んだ目でこう言った。

    「君、僕といたいの?」
    「え……」
    「泣くほど逢いたい存在なんでしょ。そういうことじゃないの?」

    決して間違ってはいない。
    けれど肯定できない。気持ちを認めるのが嫌だとか、邪眼を思い出すと、とか……そこでは、なく。

    「ねぇ、一緒に堕ちてよ」

    今のスカラマシュに頷いてはならない。
    直感がそう告げているからだ。
    どろりとした視線。諦めて、諦めた……その末路。
    おそらく神の心を手にしても分からなかったのだろう。

    僕はこれ以上どうしたらいいの?
    教えてよ、ねぇ。

    (ひらひら、ひらひら……掴めそうで掴めない)

    まるで蝶。──否。

    (これは……毒蛾)

    流し込まれると助からない、この毒は。
    聞こえる。彼が封じたはずの悲鳴と怨嗟の声。
    地の底より尚深い場所から這いずる、おぞましくも哀しい声。
    駄目だ、引っ張られる。スカラマシュ、やめて……っ!

    (分かってるから、あなたはあなたで理不尽な目に遭ってきたことっ……!)

    ギリギリと痛む手。近付いてくる眼差しは墨を落としたかのようで。
    気分が悪くなるくらいに重苦しい空気の中、

    「……あ」

    私はついに、星を掴んだ。
    タルタリヤと話した際に出かけた答え。

    「スカ、ラマシュを」

    少年が、私の掠れた呟きに訝んだのか動きを止める。
    だけど依然として濁った瞳で。
    もう独りでそんなに悲しむ必要なんてない。
    私はね、スカラマシュ。

    (──あなたを救いたい)

    罪を償わせて、支えて、生きていきたい。
    私があなたの毎日を彩っていけたら。
    太陽の光に照らされ、笑い合っていけたら。

    (それ以上の喜びはない)

    スカラマシュが眉をひそめた。こんな状況下だというのに私が微笑んでいるからだろう。
    そして、この言葉に困惑の色を強めた。

    「あなたは既に心を手にしてる」
    「……は?」
    「最初からあったんだよ、気付くのに遠回りしてしまっただけ」

    彼の胸にそっと手をあてる。鼓動は感じられない。
    けれど確かに存在しているものを私はよく知っている。

    「笑ったり怒ったり、悲しんだり。上手くいかなければ落ち込む。悩む。嬉しいことがあれば喜んで。……私たちと何の違いもない。ちゃんと感情を持ってる」
    「詭弁を並べ立てるな!この身体は、」
    「ありがとう」

    突然の一言にスカラマシュの声が勢いをなくした。
    完全に理解不能。そんな様子の彼に私はクスッと笑う。
    そうして、浅く息を吸って……吐いた。

    「その身体だから逢えた。生まれてきてくれてありがとう。──大好きだよ、スカラマシュ」

    彼が人間だったら出会うことはなかった。
    私がテイワットへ来るよりずっと早くに寿命を迎えていたのだから。
    スカラマシュが、絶望の淵で自分の存在理由が分からなくなっているのならば。
    私が見出そう。人外として受けた生でさえも、きちんと意義があるんだと。

    「いつだってあなたに逢いたくて、叶ったら泣いちゃうほどなんだよ?こんな気持ち、スカラマシュにだけ。それでもまだ悲しい?」
    「綺麗事、を」
    「素直になりなよ。……スカラマシュも私と一緒なんだから」
    「え?……あ」

    ぽたり。
    雫が私の顔を濡らした。彼が震える手で自身の頬を触る。

    「なに、これ」

    指から流れていく水滴を見て、スカラマシュが途切れ途切れにもらした。

    「嬉しい時もね、涙って出るんだよ」
    「……涙。嘘だ、僕の身体から、そんな。っ……嬉しい?僕が?」
    「そうだよ、嬉しい」
    「落ち、着かない……。くそ、止まれ!くそっ……」
    「あーあー、擦ったら駄目だよ」

    子供みたいだな、ちょっぴりおかしくなりつつ私は身を起こした。
    懸命にゴシゴシと目元を拭うスカラマシュ。可愛らしいと思ったのは黙っておこう。
    おどろおどろしい雰囲気からいつも通りに戻ってくれたことに安堵し、私は背中を向けてしまった彼を見つめる。

    (スカラマシュに平穏が訪れたら、こうやってのんびりと過ごせるのかな)

    物悲しいこの地を、少年は"落ち着く"と言った。大半の人は不気味に感じるであろう鶴観という地を。
    実際、今は慣れたものの私とパイモンは「暗くなる前に帰ろう」などと言いながら探索したのだ。

    (……そっか。だからかも)

    ここは闇に葬られた場所。
    そして鶴観を彷徨う霊は、彼と同じく生を謳歌する存在ではない。成長することもない。時が止まっているも同然なのだ。
    安心……するのだろう。
    加えて、生きた人間たちで賑わうことだってない。彼は活気づいた場所であればあるほど寂しさを抱くのではないか。あの鳥居の下でぼうっと過ごしていたのだって、おそらく。
    少年の生い立ちを考えると、当然と言えば当然だが……。

    (そういう所にもスカラマシュの居場所をつくりたい)

    くだらない。
    擦れた眼差しで遠くから見ている彼が思い浮かんだ。

    (手を引いてあげよう。びっくりした後に怒るだろうなぁ)

    しかし、何だかんだで着いて来てくれて。次々に未来予想図が思い浮かんでいく。
    最近流行りの五目ミルクティーとやらを買って…待て待て、モンドのカフェに入るのもいいな。璃月でハスの花パイをもう一度頬張って思い出に浸るのも一興。
    いろんな所へ二人で訪れたい。仲間のみんなにもいつか紹介したい。
    あれやこれやと妄想を膨らませていき、幸福感が溢れ。
    はたと止まった。

    (付き合ってる域じゃない?こんなの)

    世間一般で言う、カップルってやつなのでは……。
    飛躍し過ぎか?まだ友達?
    私としたことが、疲れた様子のスカラマシュを横にして勝手な妄想を。不謹慎にも程がある。

    (と、取り敢えず!私の旅も終わらせなきゃだし。そんな暇は)

    またもや停止する。
    待てよ?旅が終着を迎えたら……一日中スカラマシュといたって問題なくなる。それって、それって……!
    間違いなくカップルなど通り越し、

    「結婚」
    「ふえあっ!?」

    調子を取り戻したらしいスカラマシュの口から思わぬ単語が出たのと、今まさに自分が考えていたことだったのとで奇声を発してしまった。流石に驚いた様子を隠せない彼、口が半開きになっている。
    わたわたと取り繕う私。

    「ご、ごめん。何?」
    「いや……君って、結婚願望でもあるのかと」

    けっこんがんぼう。
    またもや彼らしからぬ単語。ぐるんぐるんと思考を巡らせ、ふと思い出した。

    「……あ、さっきの」

    櫛だマウシロだと、確かに連想させるようなことを言ったな。
    んん?もしかして本当に聴く気があった、とか?結果的に私の話を遮っちゃったもんね(ぶった切ったとも言う)。
    難しい顔で思案する私にスカラマシュが「どっちなの?」と苛立ちを見せてくる。

    「や、今はないよ。早いし……こ、ここ、恋人もいないしね。まあ将来的には分からないけど!」
    「ふーん……」
    「な、なに?」
    「僕、てっきり誘われたのかと」

    冗談めかした口調でスカラマシュが笑った。からかっているのだろう、わざとらしい流し目で見てくる。

    「大好き、なーんて言うしね?」

    ま、まさか仕返し?
    目を擦るスカラマシュにそれはもう微笑ましさ全開の表情を向けたから……。ひと睨みされたと思った途端、口を尖らせ背を向けてきたのだ。
    確実に、やり返されている。

    「あ、えーっと、その〜……」
    「君って案外大胆なんだ?」

    壁際に追い詰められドギマギしてしまう。ち、近い!
    赤面する私を見て楽しくなってきたのか、スカラマシュが満足げに微笑み顎に手を添えてくる。

    「僕を、そういう目で。……見てるわけ?」
    「い、言い方っ!う、ううう……っ!」
    「どうなの、ねぇ。早く答えて。はーやーく」
    「〜〜っ!」

    声に合わせ、指で唇をトントンされる。
    ああ、爆発する。大爆発だ、数日間に渡って霧ならぬ煙が鶴観を覆うに違いない、絶対絶対そう。そうなの!
    潤んだ私の瞳に愉悦を感じているようで、「はは、ゾクゾクしてきたよ」などと少年が煽ってくる。

    (な、何なの!?こんな風に攻め寄られると思わなかった、円満に終わる雰囲気だったじゃん、ひどいっ……ひどい!)

    私ばっかりドキドキしてずるい。
    というか、見てたら悪いの!?外見年齢で言ったら私と同じくらいだよ?そりゃ意識するよ!

    (一矢、報いたい)

    そもそも……気持ちがはっきりしたのだから。いいでしょう?
    開き直り、自己肯定した私は。

    「…るよ」
    「え?」

    真っ赤に染まった顔を隠すことなく、彼を見据えて言った。

    「──スカラマシュを一人の男の子として、見てるよ」

    数秒の間があり。

    「っ……!?」

    点火成功。
    今度は彼が爆発する番のようだ。
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