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    おもち

    @mochichi12_

    成人済み/今は94で藻掻いてます。

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    おもち

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    成立前ノスクラです。手記後から書き始めたものです。ノースが頑張っています。

    #ノスクラ
    nosucla.

    貰い物のボールペンを握り、クラージィは日記帳に今日の出来後を書き連ねる。
    語学勉強を兼ねて書き始めたそれは、まだまだ拙い文字に表現だが徐々に上達してきている。分からない表現はまずは自分で調べ、それでも分からない時は隣に住む友人たちに尋ねている。
    母国語と日本語を脳内で照らし合わせ、ペンを握る手を止める。
    そこにピンポーンと来訪を告げるチャイムの音に、クラージィは日記帳から顔を上げた。
    時刻は午前一時。吸血鬼として新たな生を受けた身としては寝入る時間ではないが、人間の感覚で言えば真夜中だ。
    そんな時間の来訪者に心当たりは無いものの、クラージィは日記帳を閉じてテーブルの端に寄せ立ち上がった。
    ドアを開ける前に、親切な隣人の『不用意に玄関を開けてはいけませんよ』という言葉が過ぎったが、再びチャイムが鳴り響き、クラージィはドアを開けてしまった。
    「ハイ、ドチラサマデショウカ、…!?」
    そっと控えめに開けたドアを、真夜中の来訪者が掴み強引に開けられてしまう。そのあまりの勢いにクラージィは前につんのめりかけながら、随分と乱暴な相手を見上げた。
    予想していなかった人物に、クラージィは目を見開く。そこには、つい先日再会した男がいた。
    二百年ほど前に出会った時と寸分変わらぬ整った顔に、隙の無い貴族然とした服装には最近では見慣れつつある。
    「ノースディン?」
    「邪魔するぞ」
    数週間ぶりに見たノースディンは、少しばかり様子が違った。いつもはぴしりと皺ひとつない服装が今はよれて皺が出来ているし、血の通わないような青い頬は仄かに赤く、さらに宵闇色の髪も乱れている。
    「ノースディン?どうしたんだ……ま、待った、靴を脱いでくれ!」
    クラージィをすり抜け、土足のまま上がりこもうとするノースディンを押しとどめると、彼はむすりした顔で靴を脱いで、部屋に上がり込むと手に提げていた紙袋を突き付けてくる。
    「私にだろうか?」
    「他に誰がいる。転化吸血鬼でも飲みやすい血液ボトルを調べた。あと、菓子は来る前にこの地で買ったものだ。人間用だから、お前の友人たちと食べるが良い」
    「あ、ああ。ありがとう」
    受け取るまで下げられない手に、クラージィは受け取る。遠慮をしても受け取らない限り引き下がらないことを既に学習済みだ。
    そして、そこで会話が止まってしまった。体格の良い男二人が狭い玄関先に立つと、自然と互いの距離が近くなってしまう。近くで見るノースディンは、やはりいつもと様子が違う。
    外見もそうだが、まだ会うのも片手で数えられるほどで、会話というほどの会話をしたことがないが、それでもいつもより、言葉端に彼からの歩み寄りのようなものを感じる。
    手土産を渡されるのは初めてではないが、前置きに『私は飲まないから』や『たまたま近くに寄ったから』などが付くが、今日は贈るために用意し、訪ねて来たのだと言葉の端々から読み取れる。
    紙袋の中身を見ると、一見して高価そうなボトルと、ラッピングされた焼き菓子が入っている。
    「ノースディン、私一人では飲みきれないし、良ければ一緒に飲んでくれないか?確か、貰い物の菓子があるから……ああ、お前は人間の食べ物を摂取しないのだったろうか?」
    「………」
    「ノースディン?」
    問いに返事は無く、普段のノースディンの理知的な赤い瞳がひたりと据わっていることに気が付いた。そして、一瞬後にその体が突然ぐらりと揺れた。
    「危ないっ」
    前触れもなくよろけたノースディンに、クラージィは渡された手土産を手放し、腕を伸ばしてその身を抱きとめた。
    ノースディンの体が床に倒れるのを防ぐことに成功し、クラージィは安堵の息を吐く。
    次いで床に落下して、嫌な音を立てたボトルをちらりと見下ろし、割れていないことを確認する。仕方がなかったとはいえ、貰い物を早々にだめにする羽目にならなくて良かったと安堵する。
    そして、抱き留めたノースディンからふわりと鼻をくすぐるアルコールの香りに気付き、クラージィの先程から感じていた違和感が確信へと変わっていった。
    「ノースディンお前、酔っているのか?」
    「酔ってない。少し飲み過ぎただけだ」
    いつの時代も、酔っ払いの言う『酔っていない』ほど当てにならない言葉は無い。
    クラージィは腰に巻き付いたノースディンの腕を掴み、肩へと回させた。悪魔祓いをしていた当時ならばノースディンひとりを支え、歩くことも可能だったろうが、長い眠りについていた身は未だに完全には筋力が戻らず、上背の変わらない男に体重をかけられると共倒れしかけない。
    「ノースディン、重たい。もう少ししっかり立ってくれないか」
    「どうせ私は重たい男だ」
    「何を言ってるんだ、お前は」
    噛み合っているようで噛み合っていないノースディンの返答に、かなり酔いが回っているようだとその整った顔を見ながら判断する。
    クラージィは、何事かをぶつぶつと耳元で呟くノースディンを抱え直しながら、古き血と呼ばれる吸血鬼達の会合が新横浜で定期的に行われていると耳に挟んだことを思い出していた。
    ひとりで飲んで、これ程までに乱れるとは思えず、彼の状態を考えると、その集まりがあったのかもしれない。気心が知れた相手が居ることは良い事だが、深酒は褒められたものではない。
    クラージィは、ノースディンを半ば引き摺るようにして部屋へと招き入れ、これからの対処を考える。とりあえず先ほどまで自分が座っていた座布団に座らせるが、上体がふらついて倒れそうになっている。
    深酔いした人間の介抱なら多少は経験があるが、吸血鬼となると全くの未経験だ。
    酔った者の介抱の仕方は、人間と吸血鬼は同じで良いのだろうか。クラージィは聞ける相手を脳内で挙げていく。
    まず思い浮かんだのは、お隣さんである吉田だった。とても親切な隣人で良識のある彼は、助けを求めれば応えてくれるだろう。
    だが、今の時間帯は人間である彼にすれば深夜だ。平日の夜中に尋ねるのは気が咎める。
    そして、次に思い浮かんだのは、さらにお隣さんである三木だ。吉田より起きている可能性は高いが、彼は多忙を極めていてそんな彼を頼って良いものだろうかと逡巡する。そもそも仕事のため不在という可能性が充分ある。
    そして次にクラージィの脳裏に思い浮かんだのはドラルクで、適任と思えた。
    新横浜在住の親切な吸血鬼であり、ノースディンと親しい相手だ。対処法を尋ねるか、もし任せることが出来るのならば申し訳なさもあるが、迎えに来てもらうのが今のクラージィに出来る最良に思えた。
    「ノースディン、ドラルクに電話をするから少し待っていてくれ」
    言った瞬間、ひやりと室温が下がったのを感じて、クラージィは玄関を閉め忘れたのかと後ろを振り返り扉を確認する。扉はしっかりと閉まっていて、外気が入ってきたわけではないようだ。
    「……何故、私と共にいるのにドラルクに電話をするんだ」
    ノースディンの地を這うような冷え冷えとした声音に、クラージィは冷気の発生源が抱えている男だと気付き、意味のわからなさに困惑してしまう。
    「ドラルクに、酔った吸血鬼の介抱の仕方を聞くためだ。都合がつくならば迎えに来てもらおう。お前も私よりドラルクに介抱された方が良いだろう?」
    「………………私は、お前がいい」
    重い沈黙の後に、苦々しげな声音で言われ困惑は深まるが、クラージィに特に否やは無い。今日のこれからの予定は日記を書き、その後は図書館で借りた本を読み、一日を穏やかに過ごせたことに祈りを捧げ、夜明け前に眠るだけだ。
    「それは構わないが、私は吸血鬼の介抱をしたことが無い。横になっていた方が楽だろうか。ああ、ここにはベッドしかないが、大丈夫か?」
    「……体調が悪いわけでは……いや、問題ない」
    小声で返すノースディンに頷き、クラージィは再びノースディンの重たい体を抱え引きずるようにして、寝室へと運び込んだ。
    クラージィ自身は棺桶で眠ることに多少の抵抗感があり、ベッドで眠っているが、古い吸血鬼であるノースディンは、棺桶の方が親しみがあるだろうと思っていたが、本人が問題無いと言うのならば大丈夫なのだろう。
    ベッドに座らせて、コートを預かりクローゼットへとしまい込む。水を飲ませた方が良いのだろうか、とノースディンを振り返るとひたりとこちらを見ていて、多少の居心地の悪さを感じる。
    「ノースディン、気分はどうだ。水を持ってくるが飲めるか?」
    「少し飲み過ぎただけだ。水も必要ない」
    「そうか、では横になっていてくれ。私は隣の部屋に居るから、何かあったら声を掛けてくれ」
    傍に人の気配があっては休み辛いだろう、とクラージィは部屋をあとにしようとしたが、手首を掴まれ首を傾げた。冷たいはずの体温が少し熱く、やはり具合が悪いのだろうかとクラージィは眉を顰め、ノースディンの美しい顔を見下ろした。
    「ノースディン?」
    「傍に、……傍に居てくれないのか」
    苦渋に満ちた表情と絞り出すような声音に、クラージィはベッドに座るノースディンの様子を見る。明らかに酔っていると見て取れる。先ほどから言動がおかしい。だが、気難しいところのある男だと思っていた相手が、体調不良からか心細くなっているということならば納得がいくし、それを無碍にするという選択肢はクラージィには無かった。
    「座布団を取ってくる。一旦離してくれないか」
    「座布団?一緒に寝るなら必要ないだろう」
    「一緒に?何故…うわっ」
    掴まれた手首を引かれ、そのまま抱き込まれるとどさりと二人揃ってベッドへと倒れこんだ。クラージィは身を起こそうとするが、ノースディンの腕が体に巻き付いていてびくりともしない。
    意外とがっしりとした腕から抜け出そうとするが、藻掻くと足まで巻き付いてきてクラージィは諦めて力を抜いた。
    「……ノースディン、お前は酒癖が悪いのだな」
    クラージィは、彷徨わせた腕を躊躇いがちにノースディンの背に回した。逃げる意思が無いことを察したのか腕の力は緩むが、解放する気は無いのか足で挟み込まれたままだ。
    ぐりぐりと肩口に頭をすりよせられ、大型の動物に懐かれているような心持ちになる。ドラルクが言うところのスケコマシは今は見る影もない。だが、酒を飲んだ時に人は案外本性が現れるものだ。
    「意外と甘えたがりなのか」
    「そんなことはない」
    「起きていたのか」
    ぽつりと溢した言葉に返答があり、クラージィはその顔を見ようとするが肩口に顔を埋められていて見ることは叶わない。首筋に髭が当たりこそばゆさに身を竦ませるが、ノースディンは一向に離れる気配が無い。
    「ノースディン、私の連絡先を知っているだろう。今度は来る前に事前に連絡をしてくれないか?」
    手持無沙汰になり、クラージィは以前から思っていたことを伝えた。ドラルクから、彼の父も突然訪れると聞いたことがあるから、古き血の吸血鬼はそういったものなのかもしれないが、急な訪問は心の準備も出来なければ、もてなすことも出来ない。
    いたって普通の要求を口にしたと思ったが、ぐぅ、と苦し気な声が聞こえてきてクラージィはノースディンの様子を窺った。
    「連絡をして断られたら、立ち直れない」
    ぼそぼそとした声音の回答に、クラージィは内心で首を傾げる。ノースディンの言葉を反芻するが、いまいち理解がしがたい。
    「……よく分からないが、お前は繊細なんだな」
    「お前が鈍感なだけだ」
    憮然と言われ、そのまま沈黙が落ちた。
    どうやら会話を続ける気は無く、このまま寝入るつもりらしいと察し、クラージィも口を閉ざし眠ることにした。
    誰かに抱き締められながら寝入るという経験は記憶の中にも無かったが、その心地の良さに自然と瞼が重くなった。


    薄氷が破れ、春の訪れを知らせるかのような穏やかな目覚めだった。
    ノースディンは薄らと瞼を開く。遮光カーテンから漏れる灯りは人工的なもので、まだ夜が明けていないことが分かる。視線をさ迷わせるが、狭い室内は数秒で見渡せてしまう。見覚えは無かった。
    己の眠る、寝心地がけして良いとは言えないベッドは、小さく身動くだけでスプリングが軋んだ音を立てる。ノースディンの背に嫌な予感がひしひしと上り詰めていく。
    起きて直ぐに気付いてはいたものの、あえて見ようとしなかった、腕の中の確かな質量。女性にしては大きい。ノースディンは己の身長と照らし合わせ、腕の中で眠る相手の体格を思い描く。
    そんなことをしなくとも、腕の中で健やかに眠る相手が誰かなど分かっていた。無駄な抵抗だと頭の片隅で冷静に己を糾弾する。酒に酔い記憶が朧気ではあるが、完全に忘れているわけではない。
    頭がずきずきと痛むが、それが二日酔いによるものだけではないとも分かっている。このまま消え去りたい。だが、その思いとは裏腹に腕の中のぬくもりを手放せずにいる。ノースディンは、穏やかな呼吸を繰り返す存在を確かめるように、腕に力を篭めてしまう。
    掛け布団から覗く癖の強い黒髪に、今は閉ざされているが、瞼の奥には同胞の証である赤い瞳がある。そっとその髪に触れると、ふわふわと指先が埋もれてしまう。
    暫く時を忘れ、その髪を梳いていたが、もぞもぞと腕の中の存在が動き出しノースディンはびくりと肩を震わせた。瞼が重たげに開き、近距離で赤い瞳と目線がかち合う。
    おはよう、と眠たげなクラージィの声音に、ノースディンは言葉を忘れたように息を飲んだ。
    「か」
    「か?ノースディンどうしたんだ?」
    「帰る」
    ノースディンはベッドから抜け出し、寝室を出るとベランダの窓を勢い良く開けた。窓をぶち破らなかったことを褒めて欲しい。まだ眠気が冷めないのだろう、よたよたと背後を付いてくるクラージィを振り返れはしなかった。
    「ノースディン?」
    「邪魔したな。また近いうちに来る」
    「え、あ、ああ」
    挨拶もそこそこに、ノースディンは頭を抱えて叫び出すのを理性の力で堪え、ベランダから飛び立った。

    くしゅん、とくしゃみを一つして、クラージィは我に返ると、ベランダのドアに手を掛ける。まだ夜は明けていないが、東の空が薄ら明るくなっている。そっとドアを閉めて、欠伸を噛み殺しながら、キッチンへと向かう。
    玄関の近くに落ちたままの、ノースディンの手土産を拾い上げようと腰を屈めた時、玄関にある見慣れない靴に気が付いた。
    狭い集合住宅に不似合いな、見るからに高価そうな手入れの行き届いた革靴だ。
    フフ、と自然にクラージィの口から笑い声が溢れた。
    冷静さを装い、余裕のあるような素振りでベランダから飛び去った相手は、かなり動転していたのだろう。
    クラージィは乱雑に脱ぎ捨てられた靴を、シューズボックスに仕舞おうと掴むが、ふと思い立ち玄関に並ぶ自分の靴の隣に置いた。近いうちに訪れると言っていたのだし、それまでは二つ並べておこう。
    クラージィは満足気に二足並んだ靴を見下ろしてから立ち上がり、手土産のボトルを冷蔵庫へと仕舞い込んだ。
    ふわぁ、と欠伸を噛み殺しながら、寝過ぎだろうか、と少しばかりの罪悪感を持ちながらも再びベッドへと潜り込む。まだベッドの中は暖かくその心地良さにすぐさま眠りの世界へと落ちた。

    クラージィが、忘れ去られたノースディンのコートに気付き、再び笑みを溢すのは数時間後の出来事だ。
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