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    michiru_wr110

    @michiru_wr110

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    michiru_wr110

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    stmy 初出2021.4.
    もしも神楽さんのブランド・KUKKAに「いずみ」さんが在籍していたら……

    ※捏造多数・神楽さん本編の世界線

    #神玲
    shenLing
    #stmy男女CP
    stmyMaleAndFemaleCp

    KUKKA統括ディレクター・小鳥遊いずみの失恋(神玲・モブ視点) KUKKAの統括ディレクター・小鳥遊(たかなし)いずみは神楽亜貴の右腕だ。

     アトリエの主力メンバーを取りまとめるリーダー、いうなれば神楽亜貴不在時の実質的な決定権を持っている。彼女の仕事ぶりにより成功させてきたショーは数知れず。KUKKAに於いての立ち位置は、代表である神楽亜貴に次いで実質的なNo.2と言える。

    「いずみに任せれば大丈夫だと思っている。いつもありがとう」

     そんな言葉をかけられた日はそつなくかわしたけれど、内心天にも昇るような気持ちだった。神楽亜貴は小鳥遊いずみよりも二つ年下だけれど、上司として、また一人の仕事仲間として素直に尊敬の念を抱いている。デザイナーとしての類まれなるセンス。一着一着の服と向き合う真摯な姿勢。アトリエのスタッフたちへの目配りや声掛けも絶妙で、とても素敵な人格者だ。だから小鳥遊いずみとしても、神楽亜貴の努力に少しでも貢献できる仕事をしたいという気持ちを持ち続けている。
     そしてこれからも、小鳥遊いずみは神楽亜貴と近しい仕事仲間として、彼を支えていくものと信じて疑っていなかった。


     泉玲が現れたのはそんな折だった。



    「泉!」
     作業中に𠮟りつける神楽亜貴の声には慣れてきた。というのは本人の前では失礼な本音としてそっと胸にしまっておく。就職先が決まるまでの臨時アシスタントとしてアトリエに出入りするようになって一週間。彼女を呼ぶ頻度に比例して、神楽亜貴が小鳥遊いずみの名前を呼ぶ機会は激減している。
    「まだそっちやっていたの? そろそろエイジのサポート入ってほしいんだけど」
    「はい、すみません! すぐ手伝います」
    「しっかりしてよね」
     彼女を呼ぶ神楽亜貴の声にはどこか人間らしさを感じるな、と思っていた。日頃はどこか取り澄ましているような神楽亜貴の姿は、泉玲の前だと鳴りを潜めるらしい。
     それから神楽亜貴はいつも、泉の「い」に必要以上のアクセントをつけてその名を呼んでいる。アトリエの他スタッフを呼ぶときには考えられない呼び方だ。小鳥遊いずみの名を呼ぶときなどはもっとも静かで事務的だというのに、泉玲を呼ぶ神楽亜貴はまるで危なっかしいものを見ているときのそれだ。力づくで捕まえておかなければ、泉玲にはするりと逃げられてしまうとでも考えているのだろうか。

     実際のところ確かに、泉玲はこちらが想定していた以上に人が好い。
     「デザインについてはド素人」という神楽亜貴の事前評価もまたその通りではあった。けれど神楽亜貴が連れてきた人物らしく、比較的呑み込みが早く機転の利く性質だなという印象もある。だから、神楽亜貴の一連の言動は小鳥遊いずみからしてみれば過保護にも思えてならなかった。

     とは言え小鳥遊いずみとしても、神楽亜貴の態度に全く共感できないわけでもなかった。泉玲には無邪気に走り回る子犬のような愛嬌があり、何かと構いたくなる子だなと感じさせる。彼女が持つ独特の愛らしさには誰もが気がづくところだったから。



    「小鳥が遊ぶと書いて、たかなしさん……さすが、神楽さんと肩を並べて仕事をしているだけある……」
     思い返すのは泉玲がやってきた初日、フルネームを名乗って挨拶した時のこと。
     小鳥遊いずみが自己紹介のネタとして、漢字の綴りを交えるのは毎度恒例だ。小鳥が遊び、いずみはひらがな。堅苦しい場でない限りはそう唱えれば、フルネームをかなりの確率で覚えてもらえる。
     そして今回も期待通りに食いついた泉玲ではあったけれど、予想とは違うところが気になったらしい。小鳥遊という苗字のどこが、神楽亜貴に似合うのだろう。感性が非常に独特だ。
    「ちょっと何言ってるかわからない。だいたい僕は、名前で仕事仲間を選んでいるわけじゃないんだけど」
     神楽亜貴が呆れていた一方、小鳥遊いずみは半ば面白いものを見るように泉玲を見つめ返した。
    「わかってます。でもこう、何とも優雅な苗字なのに、名前は同じ〝いずみ〟だなんてすごく親近感がありまして!」
    「ほんとに聞いてる? 名前で仕事相手を選べるなら、君は紛らわしいから即刻クビ」
    「それは是が非でも止めてください……あっでもいずみさんの〝いずみ〟は、『ことり』と同じイントネーションですね! ちゃんと聞けばわかります」
     小鳥(ことり)と同じイントネーション。要はいずみの「ずみ」にアクセントがつくということなのだけれど。そんな風に言ってもらえるとは予想外だった。随分と可愛らしい表現をしてくれたなと思う。
    「はあ? 何それ」
     思わず漏れた神楽亜貴の突っ込みには一切の取り繕いがない。きっと彼が持つ素の表情なのだろう。アトリエではなかなか見せない顔をいとも簡単に引き出してしまった泉玲に、小鳥遊いずみはこらえきれずに、ふふっと微笑を漏らした。
    「面白い方ですね。でも玲さんが仰る通り、呼び分けは問題ないと思いますよ。神楽さんが変に意識して力みすぎなければ」
    「ちょ……もう、止めてよね」
     恥ずかしそうに目を伏せた神楽亜貴に一瞬、おや、と思う。けれどこのときの小鳥遊いずみはそれ以上気にも留めず、些細なこととして受け流した。

     とにかく、同じ名前だからといって小鳥遊いずみは不便を感じていなかったのだ。
     少なくとも、このときまでは。



     その後、神楽亜貴と泉玲の距離は明らかなほど変化していた。

     仕事モードであっても、二人が話している時は明らかに近すぎるパーソナルスペース。共に気がつかないこともあれば、思い出したように片方が距離を意識し、顔を赤らめたりあたふたと奇妙な動きをしたりするときもある。二人が同時に飛び退き、怪訝な視線を向けられた状況に遭遇したことも数回。ここまで頻繁に起こるともう事実を秘匿するのは不可能なわけで、数ヶ月が経った頃にはもう、アトリエスタッフほぼ全員が二人へ生温かい視線を向けるまでになった。
     何よりの決定打は、誰よりも多忙なはずの神楽亜貴が時間を割いて、仕事とは無関係な一点物の服を作っている点だった。日々の作業ノルマは終わっているはずなのに、何故だか夜中まで作業の手を止める気配がない。
     不思議に思いつつも神楽亜貴へ差し入れをした際、小鳥遊いずみはトルソーにかけられた群青色のワンピースを見た。

     彼の作業部屋に鎮座した見覚えのない仕立ては確実に、泉玲のためのそれだった。


     どうしてだろう。不便は感じていないが、言いようのない不満を抱いている。
     小鳥遊いずみは、神楽亜貴を近くで支えていけるだけで満足しているはずだったというのに。



     事件が起きたのは、泉玲が出入りするようになって三ヶ月ほどが過ぎた頃だった。
    「……いずみ」
     小鳥遊いずみははっと顔を上げる。あまりにも気遣わしげに、優しい声色で呼びかけた、神楽亜貴の声に。そして隣の泉玲が同時に反応していることに気づき、しまったと眉をひそめた。
     大声を張り上げてはいなかった。けれど思い返せば、たった今呼ばれた名は「い」にアクセントがついていたではないか。不覚にもこちらが間違えてしまうなんて、なんと恥ずかしいことだろう。けれど泉玲は、慌てた勢いのままに頭を下げる。
    「あっごごごごめんなさい なんておこがましいことを いずみさんですよね神楽さんが呼んだのは わかっています、なんて失礼なことを」
    「いや、ちが……」
     謝られる筋合いなどなかった。神楽亜貴が呼んだのは泉玲であり、間違えたのは私の方だ、と。

     否定しようとした刹那、神楽亜貴は大股でずかずかと泉玲に近づき、両手で泉玲の肩を支えていた。

    「ふらついてる。体調良くないの?」
    「へ……?」
    「ちょ……っと、ばか。やっぱり身体が熱いよ。いったん熱測るからそっちで休んでて」
     言いつつ神楽亜貴は、泉玲をごく自然にお姫様抱っこしていった。
    「なっちょっと降ろしてください」
    「うるさい黙って」
     パニックに陥る泉玲と意に介していない神楽亜貴との小競り合いはだんだんと小さくなり、二人は奥へと消えていく。きっと作業部屋にある神楽亜貴のベットに運んだのだろう。居合わせた数名のスタッフたちは唖然とし、後に残ったのは奇妙な静けさだけだった。

     私、どうして──
     静まり返った空間の中で、小鳥遊いずみは一人混乱していた。
     冷静になれば、今回だって泉玲を呼んだことには容易に気づけたはずなのに。
     一連の神楽亜貴の行動は、泉玲以外の何も目に入っていなかった。もちろん、小鳥遊いずみが間違えて名前に反応してしまったことにすら触れることなく。
     もしかして、私は……

    「いずみさん、この後どうしましょうか?」
     近くにいたエイジが気遣わしげにこちらをみる。その視線ではっと我に返った。感傷に浸ることは許されない。
    「体温計、そっちの棚に入っていたよね。冷えピタとスポーツドリンクは冷蔵庫にあるはずだから、まとめて神楽さんに届けて。他は作業に戻りましょう。千鶴、秋のコレクションの件で確認したいことがあるから、キリのいいところまで進めたら声かけて」

     自分のことはひとまず置いておこう。小鳥遊いずみはそう決める。ただでさえ切羽詰まったスケジュールの最中、すべきことは山積みだ。小鳥遊いずみはその後も神楽亜貴の代理として指示を飛ばししつつ、神楽亜貴の作業分で代理でこなせるものを肩代わりした。とにかく今は、仕事においてアトリエの主に少しでも負担をかけないように作業を進めることしかできない。
     結局神楽亜貴は、泉玲を病院へ連れていき、付き添いとして彼女の自宅まで送り届けてから戻ることになる。日が沈んでから神楽亜貴がアトリエに戻るまで、小鳥遊いずみは少したりとも手を止めなかった。


     何度思い返してみても、神楽亜貴が泉玲を見つめる目はひどく優しかった。高熱を心配する神楽亜貴は二十六歳らしからぬ大人げない口調だったのに、発言と温かな言動のミスマッチさが不思議で、でもすとんと納得してしまった。ああ、この人は、泉玲が大切で大切でたまらないのだろうな。
     そして神楽亜貴が泉玲へ向けているのと同じ想いを、小鳥遊いずみはいつの間にか抱いてしまっていたのだ。

     よりにもよって、どうしてこんなふうに気がづいてしまうのだろう。


    「日中はありがとう。いずみ」

     夜更けのアトリエで神楽亜貴は、今度こそ小鳥遊いずみの名を呼んだ。名前を呼ばれるのは久方ぶりで、けれど胸中は複雑だった。
     仕事モードで事務的に呼ばれた名前。それでも少し浮足立ってしまう自分が嫌になる。神楽亜貴のことは単なる仕事仲間だと信じて疑わなかったのに。

    「いえ……私の、仕事ですから」

     しかも己の本心に気づいた瞬間、現実を突きつけられてしまうなんて。



     さらに幾ばくかのときが過ぎ……泉玲がフリーターではなくマトリの人間だったと判明した頃、神楽亜貴は泉玲を下の名前で呼ぶようになった。泉玲はアトリエスタッフの面々を結果的に騙してしまっていたことへの謝罪をし、名残惜しむように本来の仕事へと戻っていった。
     アトリエには泉玲がやってくる前と同じ日常が戻ってきた。この場に「いずみ」はもう、一人しかいない。呼び分ける理由も意味もなくなった今、きっと神楽亜貴が小鳥遊いずみを名前で呼ぶ頻度も増えていくのだろう。

     けれど、そうじゃない。もう手遅れだ。

     小鳥遊いずみが自らの本心を自覚したところで、人の恋路を邪魔する趣味も、奪い取ろうとする勇気もなかった。
     小鳥遊いずみは気がついている。初めて泉玲と顔を合わせた時からとうに、勝ち目などなかったのだ。


    「……お幸せに」

     誰にも聞かせるつもりのない一言は自嘲気味な響きを帯びている。
     呟いた言葉は強がりだけれど、素直になれない神楽亜貴と愛らしい泉玲へ向けた好ましい感情には少しの偽りもなかった。
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