「主に対して不敬だろうか…」とか思いつつもどうしても欲しがる身体に我慢が出来ず… 勤務時間、黒死牟が真剣な表情でスマホを向かい合っていると、それは何やら大変なことが起きたのだろう、と誰もが思う。実際、黒死牟にとっては一大事なのだ。
彼が必死で検索している情報。
「彼をその気にさせる方法」
検索バーにそう打ち込んで、すべての検索結果に目を通しているのだ。
そうか、男性は甘える系の仕草に弱いのか……と己が男であることを忘れ、20代の女子たちのクチコミを真剣に見ている。
今日は何故か妙にムラムラする。朝から黒死牟はずっと「その気」なのだが、こういう時に限って無惨は何も仕掛けてこないのだ。
今晩は絶対にセックスしたい。その一心で、確実に無惨に抱いてもらえる方法を考えているのだ。
だが、そもそも、こちらから無惨を誘うなど無礼だろうか……という迷いも未だ払拭出来ずにいる。なので、ストレートに「セックスしませんか?」と誘うには気が引けるので、無惨からの誘いで自然な流れでセックスするよう仕向ける準備をしているのだ。
その為に必要な情報が「彼をその気にさせる方法」なのだ。
まず黒死牟が試したこと。それはボディタッチを増やすことだった。
並んで座った時、何の前触れもなく、黒死牟は突然無惨の太股に触れた。
「……どうした?」
不快そうに睨まれたので、黒死牟は小さく咳払いして手を引いた。
「いえ、ゴミが……」
白々しい嘘をついて、その作戦は見事撃沈した。
続いては凭れ掛かる。
黒死牟が突然、ぎゅんっと体を曲げて無惨にぶつかろうとしたので、無惨は思わず避けた。
流石は黒死牟。こけそうになるのを必死に耐え、「失礼」と涼しい顔でその場を去った。
次は褒め作戦。
「流石です、無惨様」
「知らなかったです、無惨様」
「すごいです、無惨様」
「センスが良いですね、無惨様」
「そうなんですね、無惨様」
いちいち大袈裟な身振りをつけて無惨を褒めたが、無惨に完全に無視された。
誰だよ、男がこの「さしすせそ」で喜ぶって言った奴。絞め殺してやる、と黒死牟は思った。
仕草も髪を下ろして、わざわざ掻き上げてみたり、足を伸ばして組み替えたり、色々無惨にアピールしているが、すべて無視されている。
無惨ってこんなにノリの悪い男だったか!? と黒死牟は真っ青になりながら、様々なサイトを虱潰しに見ている。
そんな黒死牟を見て、無惨は小さな溜息を零した。
何をやっているのだ、あいつは……と完全に呆れてしまっている。
いや、彼がしたいことは解っている。しかし、あまりにも誘い方が下手過ぎて見ていられないのだ。凭れ掛かる時も90度に体を曲げてヘッドバンキングしてきたので、それは誰でも避けるだろう……と思い出すと吹き出しそうになる。
そもそも昼日中の勤務時間から誘う馬鹿がいるか? いや、ここにいた。腹心の部下である黒死牟の浅はかさに溜息が漏れるが、あいつは下半身のこととなると、てんでポンコツなのだ。
そんなポンコツ黒死牟が、次はどんなアプローチをしてくるか楽しみで堪らないので、気付かないふりをして様子を見ている。もし、自分がその気になって、この場で押し倒したら、どうするつもりなのだろうか。他に事務所のスタッフもいるのに。そう思いながらも、黒死牟のヘタクソなアプローチは続く。
多分、この調子でいると、スケスケのエロいベビードールに着替えてくるのではないかと密かに期待していた。あんな格好で黒死牟が横に立っていたら楽しくて堪らないだろう。さぁ、いつ着替えてくる、と無惨は完全に悪ノリしていたが、流石に黒死牟にも僅かな理性が残っており、着替えにまでは至らなかった。
勤務時間が終了し、無惨と黒死牟だけが事務所に残る。
諦めた様子でパソコンと向かい合う黒死牟の肩にそっと触れる。
「お疲れ」
耳元でそう囁くと、黒死牟の白い頬が一気に赤く染まる。
「……お疲れ様です……」
無惨は体を密着させ、黒死牟の体に体重を乗せ、そっとマウスの上に置かれた手に己の手を添える。
「仕事の時間は終わりだ」
「はい……」
耳元で吐息混じりに囁いてくるので、ゾクゾクしてくる。
「今日も一日よく頑張ったな、えらいぞ」
そう言いながら手の甲を優しく撫でると、黒死牟は潤んだ瞳で無惨を見つめる。そして、あることに気付く。
自分がした「作戦」って本来、こうするのが正解だったのでは……? ということである。
「無惨様、もしやお気付きで……?」
「気付かないほど鈍い男だと思ったか?」
黒死牟は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤になっている。
「随分と朝から積極的だと思っていたのだ。ん? どうして欲しいか言ってみろ」
耳朶にチュッとキスをして囁く。黒死牟はプルプルと首を横に振るが、ふっと息を吹きかけられ、黒死牟は小声で答えた。
「……したいです……」
「聞こえない」
「……その……あれが……」
いい歳して何をそんなに照れているのか、そう思いながらも、恥じらう黒死牟が可愛くて仕方がないのだ。黒死牟は気付いていないが、無惨をその気にさせる一番の方法は照れたり、恥ずかしがると、無惨は一気に興奮するのだ。
過剰な色気を振り撒かれることより、過度なスキンシップをされるよりも、今のような状況が一番興奮するのだ。だって、セクハラ大好きだもん。
「まぁ、朴念仁のお前にしてはよく頑張った。そんなに私とセックスしたかったのか?」
「はい……」
黒死牟の返事を聞き、黒死牟の椅子を回転させ向き合う形となる。
「お前の努力に免じて、今夜だけはお前の誘いに乗ってやろう」
「有難うございます」
無惨は黒死牟の細い顎を掴み、そのままそっとくちづけた。舌を絡め、濡れた音を響かせながら、無惨はやや強引に黒死牟のスーツを脱がせた。