ちょるさんとこの不良な学生パロ二人のむざこく「おー、随分と派手にやらかしたなぁ……」
この場には不似合いな呑気な声。飄々とした雰囲気で校舎裏に現れた男に巌勝は身構えた。
先に手を出したのは地面に倒れている3年生たちである。1年の途中で転校してきた自分に対し、不愉快な絡み方をしてきたので拳で解らせただけだ、と説明しようかと思ったが、その男はその3年生を踏み、蹴り、軽やかな足取りでこちらにやってきた。
薄暗い校舎裏では顔ははっきりと解らない。しかし、口許に笑みを浮かべていることは解った。
「お前も吸うか?」
懐から煙草を取り出し、こちらに渡してくる。
会釈して受け取り、巌勝は煙草を咥えた。箱の中に入っていた使い捨てライターを拝借し、煙草を付けて、煙を深く吸い込んだ。
男が日向に移動すると、やっと顔が見えた。その男は2年生の鬼舞辻無惨、この学校の生徒会長だった。
「ひっ……! き、鬼舞辻……!」
「またお前らか……本当に懲りないな」
気絶していた3年が意識を取り戻すと、無惨の姿を見て逃げようとする。しかし、彼は逃げようとする男の頭を容赦なく踏みつける。これが生徒会長のやることか? と巌勝はドン引きだったが、こんな柄の悪い学校では暴力で制圧するのが一番だと無惨は後に話していた。
巌勝が煙草を吸っている姿を見て、無惨はにっこりと笑う。
「真面目そうに見えるのに、えらくヤンチャなんだな」
「お互い様でしょ」
煙草の箱を返すと、無惨も慣れた手つきで煙草を取り出し咥えると、地べたにいた3年生が急いで立ち上がり、無惨の煙草に火を点けた。
「悪いな」
「いえ……」
完全に怯えた表情で、ぺこぺこと頭を下げながら3年生は泥だらけで走って逃げて行った。
「油断するなよ、あいつら馬鹿だから、今度は更に大勢で仕返しに来るぞ」
「ヤバいですか?」
「まぁ、雑魚は何人集まっても雑魚だからな。面倒臭いだけだ」
吸い終わった煙草を投げ捨て、二人は校舎裏から離れた。
日の当たる場所に出ると無惨は生徒会長として優等生の顔に戻り、巌勝も大人しい転校生の顔に戻った。
この出来事をきっかけに無惨と巌勝は一緒に過ごすことが増えた。巌勝は無惨に対して何も思っていないが、無惨が巌勝に対し興味津々なのだ。
「どうして、こんな田舎の学校に、それも1年の途中で転校してきたのだ」
「それは……」
「言いたくなかったらいい」
無惨はそれ以上聞かなかった。
別に答えても良い話だったが、巌勝は無惨に対し反発心を持っている。どうせ地元名士の子だろう。こんな悪さをしてもお咎めなく生徒会長なんてやっているのだ、典型的なお山の大将のようなボンボンだと馬鹿にしていた。
しかし、どれだけ冷たくあしらっても無惨は側にいた。
巌勝が喧嘩し勝つ度に嬉しそうにしていたし、危うい場面では加勢してくれる。どうして自分に構ってくるのか解らないが、鬼舞辻無惨が側にいるということで、次第に厄介な連中に絡まれる場面も少なくなっていった。
今も見事な回し蹴りでヤンキーの前歯を圧し折った。
「えぐっ……」
思わず巌勝が言うと、無惨はにっこり笑う。
「こいつらは体に教え込まないと、同じことをするからな。なぁ?」
前髪を掴んで顔を上げさせると、涙と鼻水と血で顔はドロドロになり、無惨に対し、ひたすら謝り続けている。
金を巻き上げ、走り去る後ろ姿に「もうするなよー」と呑気に声を掛ける無惨に、巌勝は小さく笑った。
「やっと笑った」
「え?」
「お前の表情筋、死んでいるのかと思った」
「そんなですか?」
「そんな、だ」
久し振りに誰かとこんなに気の置けない会話をした。ふたりで煙草を吸っていると息苦しかった東京の空気を忘れるほどに清々しい気持ちになるのだ。
「俺には双子の弟がいるんです」
不思議と自分の身の上を話したくなった。
一卵性双生児として生まれたはずなのに、弟の縁壱は神の祝福を受けたような人間だった。
縁壱と同じことをしようと思ったら、自分は縁壱の何倍も努力しないと同じことが出来ない。いや、出来るようになったと思うのは、ただの思い上がりで、実際は縁壱と同じことは何一つ出来なかった。
縁壱はそんな自分を兄と慕ってくれていたが、それすらも受け入れがたいくらい縁壱と一緒にいるのがつらかった。
同じように友達の輪にいても自分だけが浮いているような疎外感がある。
それを話せば縁壱はきっと「そんなことはない」と自分に優しくしてくれただろう。
その優しさが自分には重荷であり、皆が縁壱と自分を比較し馬鹿にしているという被害妄想から、少しずつ縁壱や友達と距離を置いた。
一人でいることが増えた一年の夏休み、近所の不良と喧嘩して補導された。
「お前はどうしてこうも縁壱と違うのだ!」
父の口から出た言葉。十六年間、父は隠せていると思っていただろうが、ずっと無言で責められていることは解っていた。
やっと本音が聞けて良かった。何か重い呪縛から解放された気分だった。
「転校させて下さい」
巌勝がそう申し出たことで、この学校に転校し、入寮することになった。
「へぇ……」
特に驚くでもなく、無惨は静かに巌勝の話を聞いていた。
「つまらないですよね、俺の話なんて」
「いや、やはり私と境遇が似ているなと思っただけだ」
無惨はそう言って煙草を排水溝に落とした。
「私の母は赤坂の芸者でな、ずっと有名な政治家の愛人をしていた」
そこで聞かされた名前は巌勝でも勿論知っているような大臣を務める議員だった。
「愛人の分際で私を産んだ母は父の家族から酷く罵られ、認知もしてもらえなかった。だが、私が私立中学に合格したくらいに父がやってきた。私は本妻の倅より優秀なのだ」
このままいけば東京大学も間違いない、そう言われていたが、本妻の嫌がらせで、この田舎の高校に飛ばされた。
「勿論、父の名前は一切出すなと言われている。もう、このまま一生このクソ田舎で腐って生きてやろうかとも思ったが、残念ながら私は優秀なのだ」
無惨が胸を張って言うと、巌勝はぶっと吹き出した。
「おい、笑うところではないぞ」
「すみません……」
何かちょっと可愛いな、とさえ思えてきて、巌勝は無惨の話を静かに聞いていた。
「父はいつかきっと私に頭を下げ、跡を継いでくれと言う筈だ。いや、言いに来なくても良い。私ならきっと父を越える政治家になれる」
両手を広げ、身振り手振りを交えて語る姿はまるで政治家そのものだ。
これだけ悪さをしているのに生徒会長をしている理由が解った気がして真剣に見入っていると、無惨がじっと巌勝の目を見つめる。
「だから、巌勝」
目が覚めるような真っ青な空の下、無惨が真剣な眼差しから目が離せない。
「一緒にこの国の頂点を目指すぞ」
巌勝の視界が涙で滲む。だが、絶対泣くものか、と強く思った。
泣くのは、この人が天下を取った時で良い。こんな田舎町で二人、馬鹿なくらい大きな夢を見たと笑える日に泣くのだ、と巌勝は誓った。
あれから2年と少し。
無惨が一足先に東京大学に合格し上京した。続いて巌勝も合格した。
こんな田舎町の不良が集まる高校で2年連続東大合格者が出たので町内は騒然とし、町長のところを二人で表敬訪問することになった。
1年会わなかっただけだと言うのに、スーツ姿の無惨はすっかり大人の男になっていた。皆から見えない角度でそっと小指を絡めると、巌勝は頬を染めて俯いた。
「あのやんちゃだった鬼舞辻君が……」
「町長、せいぜい私の顔と名前をしっかり覚えておくと良い。ここに巨大なショッピングモールと高速道路を誘致してやるから」
成人式も終わったのに相変わらず馬鹿だな、よく東大に合格したな、と全員が冷ややかな目で無惨を見ているが、巌勝だけは無惨が本当にやるということを知っているので、全力で阻止することが自分の仕事だと思っていた。
「久し振り」
「お久し振りです」
訪問が終わった後、町役場の取材を受けることになっていたが、こっそり抜け出して、二人で煙草を吸いにいった校舎裏へ向かった。
あの時、無惨に「一緒に国の頂点を目指そう」と言われたのは世界征服を目指す子供のノリかと思っていたが、恋人どころか人生の伴侶に選んだという意味だったことを改めて説明され、巌勝は真っ赤になった。
「私では嫌か?」
上目遣いで見つめられ、首をぶんぶんと横に振った。まさか自分のことをそんな風に見ていたとは思わず、戸惑ったものの嫌とは思わなかった。
大学合格まで我慢する、と二人で決めていたので、この日までずっと我慢してきた。向かい合ったまま、待ちに待ったキスをしようとするが、何だか照れ臭くて出来なかった。無惨は照れ隠しか巌勝を抱き締め、その背中をポンポンと叩いた。
「一緒に住もう」
「え?」
「1年も我慢したのだ。これから先の人生で1秒たりとお前を離したりしない」
こうして上京した巌勝は無惨の暮らすマンションで一緒に暮らすことになった。
入学式で縁壱に再会した。
転校してから一度も実家に戻らず、今回も寮から直接無惨のマンションに移ったので、親元には帰らなかった。なので、縁壱に会うのも、あの夏以来だ。
「久し振り」
巌勝が笑顔で挨拶すると、縁壱は驚いて言葉を詰まらせるが、何かを話し始めたので巌勝は足を止めた。
「兄さん、俺と兄さんは双子ですが全く別の人間です」
「あぁ」
「兄さんが家を出て自分の人生を見つけた時、俺もいつまでも兄さんの弟じゃ駄目なんだって思ったんです」
縁壱にも縁壱の想いがあった。だが、幼い自分には、それを聞く余裕がなかった。
自分たちは双子だが、別々の人間で、別々の人生を歩む。当たり前のことが幼い自分たちには理解できなかったのだ。
居場所がないと思っていた自分は無惨の隣という最高の場所に出会えた。
いつか縁壱も、そういう場所を見つけて欲しい。兄として心からそう願った。
「お互い頑張ろうな」
「……はい!」
縁壱はあんな風に笑うのか、巌勝は初めて縁壱の笑顔を見た気がした。
そして……。
「無惨様、悪い癖が出ていますよ」
無惨は油断すると机に足を乗せてしまうのだ。元から足癖がかなり悪かったので油断すると出る。その度に黒死牟と名前を変えた秘書の巌勝に注意されるのだ。
「誰も見ていないからいいだろう」
「いけません、政治家は人から見られる職業です。常に誰かに見られていることを意識して下さい」
「はいはい」
「はい、は1回」
口煩い黒死牟を睨みながら無惨は足を床に下ろした。
「言うことを聞いたから、ご褒美のキスをしてくれ」
細い指先で頬をツンツンと突き、キスをするようにねだってくる。仕方なく黒死牟が顔を近付けると、ネクタイを引っ張られ唇にキスされた。
「無惨様……!」
「油断するお前が悪い」
そう言いながら二人は何度も角度を変えてキスをした。