『はじめてのキスはレモンの味』
「なんだそれ?」
「なんだって、なにがだべ?」
「今歌ってたやつ」
朝から昼にかけての農作業を終えた孫夫婦は本日自宅で昼食を採った。
食事を終えての洗い物を上機嫌でしていたチチはそのまま夕食に使う市場には卸せなかった野菜を洗っていてのだが、意識せず口ずさんでいた「歌」に悟空が反応したようだ。
近付いてくる夫は空腹を満たした後に風呂に入るようにチチが言ったため、湯上りの軽装でふわりと石鹸の香りがする。
シンクの中に置いた金属桶の中で野菜を洗う手は止めずにいると、背後にぴとりと夫がくっついてきたので、ふたりは自然と触れ合わせる。
「んで? やっぱちゅーでレモンの味なんてしねぇぞ?」
「まぁキス自体に味なんてもんはねぇだよ。でもな、はじめて恋をして、その恋が叶ったりして、どきどきしながらするキスとかって特別でな、甘酸っぺぇ気がするんだよ。だから『檸檬の味』とかって言われてんだべ」
「ふぅん。…チチはレモンの味したんか?」
「んー…レモンって言われたら微妙かもしんねぇけど、特別だったのは間違いねぇだよ」
「そっかぁ」
「悟空さのその顔は……覚えてねぇってやつだな」
「いや、ちゅーしたことは覚えてんだけど、味っていうとなぁ」
「五感の記憶って薄れていくらしいだよ」
「んー…」
「不満そうだべなぁ。…悟空さ、くっつくのはいいんだけんど、持たれ過ぎ。肩に首乗せると重いだよ。あと、暑いっ」
「いいじゃねぇか、ちいっとくっつかせてくれよ。こうしてっとさ、思い出せっかなーって」
「キスの味だべか?」
「おう」
ちらりと視線を後ろにやりと、にっかりと笑う夫がいる。
苦笑しつつ、チチは真水の満たされたタライの中から黄色い果実を手にとり齧りつくと首を傾けてちょうどいい位置にあった夫の唇に己のそれを重ねた。
「 ! 」
「檸檬味のキスだべ。満足したか?」
間近にあるきょとんとした大好きな人の黒い目にしてやったりな自分が映っているのを確認したまではよかったのだが――…。
「……あんれま、檸檬色だべ」
超化した夫の綺麗な髪色と、橄欖石色となった瞳に獲物として捕らえられた自分はきっとキス攻めにされるなという確信に近い予感があった。