孫悟空が初めて出会った「女性」はブルマだ。
思えば16歳の少女がひとりでドラゴンボールを探す旅に出ていたというのもすごい話だなと悟空は振り返る。
「あら、孫君がそういうこと言えるなんてね、何だか歳をとった~って気になるわ」
「おめぇドラゴンボールでこっそり若返ってんじゃねぇか。5歳くれぇ」
「うるさいわね。ちょっと若返ってもアタシが産まれた年が繰り下がるわけじゃあないのよ。でもま、孫君も孫がいるんだもんね。そりゃそれなりの歳になってるわよね」
カプセルコーポレーションの敷地内。とあるテラス。日当たりのいいそこで愛娘ブラを抱くブルマと悟空が会話をしている。もちろん悟空はブルマに重力室で修行をさせてもらうつもりでやってきたのだが、現在ベジータっが使用中ということで彼のきりがよさそうなところまで待つことにし、それならばとブルマにお茶に誘われたのだ。
ルイボスティーを飲むブルマの腕の中でブラが母親譲りの浅葱色の眼をきらきらさせて透明なグラスに手を伸ばそうとしているのを見て、悟空は頬張っていた菓子を飲み込み眼を細めた。
「娘ってのもちょっといいよな」
「ふふん、ちょっとじゃないわよ孫君。すっごくいいものよー。トランクスももちろんかわいいけど、娘ってのはまた違うかわいさがあるわねぇ。ベジータもブラにメロメロだし」
「めろめろ…ベジータが」
「そ。めろめろ。ちなみにトランクスもすっごいお兄ちゃんになってメロメロだからうちって平和だわ」
「ふーん」
言葉こそ短いがブラの方に手を伸ばしてあやす動きを見せる悟空の眼差しは優しい。自分の子供がいて、その子が幼かったころを思い出している空気を纏っている。
「あんたはチチさんともう子供作らないの?」
「いやー、オラは欲しいんだけどさ。チチがやっぱりな…。もう孫がいるんだぞって言ってっし、……あとはまぁ、悟天の子育てほとんど任せることになっちまったから、無理は言えねぇよなぁって」
泳ぐ視線、頬をかく指先。動作は少年のころから変わっていないが話す内容は子を持つ親、あと夫婦の秘め事を知る者のそれだ。
「まぁ悟天くんの件はね…。でも、逆を言えばさ、またチチさんと一緒に今度こそちゃあんと子育てしたいって思わない」
「…………」
沈黙は肯定だ。
それを知るブルマだからこそ続ける。
「チチさんの言うことも分かるわよ。今もし妊娠して出産ってなると、お孫さんのパンちゃんよりも年下で、悟飯くんや悟天くんの妹ってなるものね。あと、女としては年齢も気になるかもだけど……そこは私がチチさんよりも年上でブラをこうして抱っこしてるしね」
「…………ブルマさぁ」
「なぁに?」
「…………楽しんでんな?」
「かなり楽しみつつ、結構本気で話してるわよ」
孫悟空にとって初めて出会った女であるブルマは、悟空にとっても特別な女性であるのに間違いないが、悟空の不可侵領域たる存在ではない。でもその場所に軽く触れることのできる稀有な存在でもあり、それは彼女自身にも自覚はある。
「まぁ、夫婦のデリケートなところだしね、アタシからのお話はここまでにしておくわ。でも、もしなにかあればウチがサポートするからってチチさんに言っておいて」
「おう。サンキュな、ブルマ」
「今度はチチさんとお買い物一緒にさせてくれたらいいわよ。アンタ抜きでね。そんなカオしないの、孫君いるとまめに休憩はさまないといけなくなるからチチさんとゆっくりできないのよねー」
なんだったら孫君とベジータでブラの子守してもらっておくのもいいわよね。
悟空の少し情けない抗議の声を聴いて、ブラが無邪気な声をあげる。
女子供には優しくすべし。そんな育ての親の声を思いだした悟空だったが、目の前にいる彼女と自分の不可侵領域たる最愛の妻ほど強い存在はこの世にいまいと思うのだった。