秋の孫家の畑の一角には黄色の花が風に揺れる光景がある。
花は菊の花で、観賞用ではなく「食用」だ。
この世の住人に戻り、チチの農業を共にやっていくことになった悟空は花が食べられるのかと不思議に思ったが、意外と食べられる花は多いことを妻から学んだ。そして腹を満たすためというよりは、季節の移り変わりなどを愛でる彩であるということも。
「おひたし、うめぇよな」
「菊花のけ。最初は悟空さ物珍しそうだたったけんど、好物になっただな。だども、この菊は市場に卸す専用だから食べちゃだめだぞ」
「ああ、市場のおっちゃんにもできるだけたくさんほしいって言われてっからな。酒にするんだっけか?」
とある縁起のよいとされる日に菊の花を愛で、花を漬け込んだ酒を飲み、また菊の花の香を楽しむなどするとされている。花屋などでも菊の花は扱われているが、観賞用ではなく食用として最初から育てる孫家のそれは色も香りも味もよいと人気のそれなのだ。
「今年はそのあたり満月になるらしいから、きっと月見のお酒に菊酒にしても風流だと思うだよ」
「へぇ、美味そうだなぁ」
「盃にちょびっとだけお酒注いで、市場に卸せない花の花びらをちょっと浮かべるくらいならできるんでねぇか。あ、でもたくさん飲むのは絶対ぇだめだべ」
菊の花を収穫していたチチが、少しまなじりをあげて悟空を見る。彼女の手に抱かれている黄色の花と一緒に悟空の双眸に映ることになり、大変かわいらしいと思うのは悟空の胸の内である。
「よっぱらっちまうからか?」
「そこは心配してねぇだ。おめぇさ結構強いタチだもの。だども、ただでさえ、満月の日の悟空さは色々影響受けてるっぽいから、そこにお酒が入るとこっちの身がもたな………」
「…………」
酒を飲んだ、満月の夜。飲んで夜を迎えるのは悟空なのに、チチが「身がもたない」というのはなにゆえか。答えは簡単で、ふたりが夫婦であるということだ。
「加減できたらいいっちゅーことか?」
「そう言っておめぇさが加減できてた試しがいまんとこ思い出せねぇだっ」
赤くなって涙目になるチチの手の中で、花の茎がぷちりと短く切れてしまった。
哀れなその花は市場にはいけなかったが、孫家にて透明な酒の上に花弁を浮かべて夫婦の味覚と嗅覚を楽しませたという。