長編　エピローグ壱「流石に幹部が二人では色々と手が回らなくてね。芥川くん、どうかな？」
　実力も部下からの信頼も十分にある、と言われた芥川は目の前に居る森と尾崎をそれぞれ見た。
「指名手配を受けている僕がその席に座するのは組織のためにならぬかと」
「そうかね？」
　態とらしく首を傾げて見せる森に、尾崎が呆れたように口を袖で隠す。
「そうは言っても人手が足りないのは事実。さて、どうしたものか」
　そう続ける尾崎に暫しの沈黙の後に、芥川は口を開いた。
「では、樋口を」
　芥川が告げた名前に森と尾崎が少し面食らったと言いたげに表情を変える。それに対して気負うことなく芥川は続けた。
「黒蜥蜴の支持もあり、作戦立案に関しても問題ありません。幹部としての仕事はこれから覚えれば良いだけのこと」
　まるで最初から準備をしていたかのような答弁に森は机の上に手を組みなおす。尾崎は口元を隠したまま目を細め、芥川の真意を探るように見据えた。
「彼女にポートマフィアの幹部が務まる、と。君はそう思うのかい？」
「是」
　森の問いに即答するあたり本気である。芥川は本気で樋口を幹部へと推しているのだ。
「嘗て中原幹部は自分を山藤と例えました。その花を咲かすには高木が、況して大輪を咲かせるにはその蔓の締め付けに耐えうる幹を持つ樹木が必要と」
　その樹木が誰のことを示しているのか、解らぬものはここには居ない。
「そして、中也さんは贈られた藤のグラスを樋口に渡して行かれました」
　成程、と森と尾崎は嘆した。そうであれば芥川が樋口を推すのも道理が通る。
「確かに樋口は中原幹部のように大輪の藤を咲かすにも、尾崎幹部のように凛と紅い華となるのも無理でしょう」
「推薦しながらその言葉はどうなのかな」
　芥川に思慕を頂いていることを隠さぬ樋口に、少しだけ不憫を覚えて苦笑しながら森が口を挟んだ。
　その言葉に芥川は笑みを這わせる。
　それは彼の師が嘗て浮かべて居た不遜な笑みにとても良く似ていて、思わず二人で息を呑む。黒曜石の瞳が闇をも飲み込むほどに黒く輝いた。
「あれは鈴蘭。その白さは闇によく映えるかと」
　白い可憐な花の名に、森と尾崎は笑みを浮かべる。
　しかし、それは可憐な花であるだけでは無いことを理解したからだ。
　鈴蘭。
　それは間違いなく人を死に至らしめる毒を持つ花。
　闇に映える可憐な白い花に油断したものは、間違いなくその毒を飲まされるのであろう。そして、その白を引き立たせる闇は、ポートマフィア遊撃隊長の芥川、そして、武闘派として名高い黒蜥蜴だ。迂闊に手を出せば闇に消される未来が目に浮かぶ。
「成程。君の意見は尊重しよう。勿論、今直ぐにどうこうできる話でもないからね」
「まあ良いではないか。樋口は書類仕事も得手。これからは私の仕事も手伝って貰うかのう」
　にこやかに会話を行う首領と幹部に芥川は一つ頭を下げた。
　そのまま部屋を辞す芥川を見送り森は苦笑を頬に浮かべる。
「なんじゃ？」
「本当ならば私が託す方だったのだけどねえ、と」
　その言葉に尾崎は目を伏せた。机に置いた帽子を一つ撫でて、それでも微笑みを浮かべる。
「託されたものを育てるのが私らの仕事じゃ。これから更に忙しくなるぞ」
「やれやれ。早く樋口君が幹部になってくれると良いんだけど」
　擦る指先を見つめて森は目を閉じた。
　最適解。
　それはその状況に応じて刻々と変わりゆく。
　嘗て求めた最適解は既に手から溢れたのだ。これからはまた、新たな答えを探して行かなければなるまい。それが三刻構想の一端を担うポートマフィア首領としての役割である。
「芽吹いた若葉を枯らすわけには行かないねえ」
　小さく呟いた言葉に微かに溢れた感情を、尾崎は気づかぬふりをするだけだった。