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    直弥@

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    直弥@

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    ふと浮かんだもので

    #長編
    long

    長編 壱 それは一つの予兆であったのかもしれない。
    「異能者連続殺人事件、ですか」
     その報告を受けて坂口は眉間を揉んだ。あれこれと次から次と舞い降りてくる案件に唯でさえ追われているというのにまたぞろ面倒な問題が舞い込んできたものだとため息を吐きたくなる。そうは言っても内容を確認してみれば後回しにするには、些かどころではないもので頭を抱えるしかない。
     ここ一月程、異能者が殺される事件が頻発しており、それが表立って問題になっていないのはその殺された異能者達が所謂犯罪者であるからだ。それも、異能を使用した質の悪い犯罪者ばかりで、市警が手を拱いて居たような者たち。逆に言えば、殺されているのはそんな凶悪犯一歩手前の人間達のみなのだ。一層のこと放置したほうが世間の平和は守られるのではと、思わず思ってしまうような顔ぶれだからと言ってそれを本当に放置して良いはずがない。ここは法治国家であり、まかり間違っても犯罪者であるからと言っても私刑で殺人を犯して良いはずがないのだ。
     事情によっては情状酌量によって裁判で刑は軽くなるかもしれないが。
     そして坂口が頭を抱えたのはその異能者達の殺され方だ。
     報告書に記載された内容及び添付された画像を見ればそれは総て、まるで何かに押し潰されたかのような殺され方である。
     坂口はこれによく似た死体を嘗て見てきた過去を思い出した。
     それは坂口が間諜としてポートマフィアで活動していた頃のことである。
     当時、友人という関係を築いていた太宰と双黒と呼ばれていた男、重力使いの中原中也が先陣を切るような抗争が発生した際に大量に積み上げられた死体と限りなく近い。まるで何か巨大なものに押し潰されたような圧死である。
     下手をすれば原型すらとどめて居ないそれを改めて目にして坂口は思案した。
     確かにこの死体を見れば犯人の第一候補に挙げられるのは中原であろう。しかし、違和感があった。
     そもそも、現在の中原はポートマフィアの五大幹部の一人。抗争であってもそうそう前線に立つこともない立場であり、何よりあの太宰が呆れてよく告げていた“ポートマフィアの狗”という言葉の通り、首領である森に忠誠を誓っている。これがポートマフィアの領分を荒らすような犯罪者であるならば兎も角として、凶悪犯一歩手前ではあるものの、ごく一般的な犯罪者をわざわざ殺して回るようなことはしないはずだ。正義の味方を気取ったところで意味はなく、ポートマフィアになんの利もない。
     そうは言っても上も下も納得するわけもないのも承知の上だ。現在、確認が取れている重力を操る異能を持つものは中原一人なのだから。
     他に宛がない以上、この連続殺人事件の容疑者として中原がマークされるのは致し方無いとも言える。そうは言ってもいつまで中原に視線を向けて居ては真犯人を捕まえるどころではない。
     坂口は一つ息を吐くと行動を起こすべく立ち上がった。
     報告書に記載されている内容は頭に入っている。嫌が応にも身に着いてしまっている交渉術でどこまで話が通るかはわからぬが、先ず成すべきことは中原に向けられている嫌疑を晴らすことであった。

     ポートマフィアビルの最上階。
     そこにある 首領の執務室に呼び出された中原は、そこにいる先客を視界に収めて軽く目を見開いた。
     街を一望できる窓は通電遮断されて灰色の壁面となっている。黒皮張りの執務椅子に腰を掛けた森の横にあるモニターに映っている先客。それは内務省異能特務課、参事官補佐の坂口安吾。そんな肩書よりも嘗てポートマフィアに在籍していた“間諜”の方が中原には馴染みが強かった。
    「お待たせ致しました、首領。それで、一体何があったんですか」
     直ぐに立て直し、森へと声をかけるとなんとも言い難い苦笑染みた表情を浮かべるて見せる。モニターに映っている坂口も似たような、それで居て頭痛の一つでも堪えているように苦い顔をしている。
    「それがねえ。中也君、君、最近正義に目覚めて義賊になって見たりしていないかい?」
    「は?」
     問われている内容の意味が解らずに思わず間の抜けた声を上げてしまった。これが他の取引相手であったならば、この上ない失態であろうが相手が相手。下手に取り繕ったところで意味は無い。
    「いやね。最近、異能犯罪者の連続殺人事件が起こっているって話なんだけど、その死因がどう見ても『何かに押しつぶされた』もの、ならしくてねぇ」
    再び中原の口から間の抜けた声が溢れる。
    「それで異能特務課が捜査しているのだけど」
    「容疑者が俺、ということですか」
     森の言葉に恐らく死因を確認したところ『重力による圧死』としか見えなかったということか。そうなれば中原に容疑が向くのも納得はできる。恐らく、現状で重力を使うことができる異能力者は中原のみであろうから。
    「そうは言っても、貴方が組織の理にならず首領である森鴎外の命もなくそんなことをして回るとは僕は思っておりません」
     坂口が眼鏡を抑えながら続ける。
    「とは言え、容疑者として捜査線上に上がった以上、一応、取り調べに応じて頂く必要があります。序に暫く身柄を拘束させて貰えれば手っ取り早いかと」
    「あ?あぁ。そういう」
     それで坂口が直接、中原ではなく森を通してこの話を持ってきたことを理解した。
    「本気で俺を疑ってはいねえってことか」
     一つ深い溜め息を吐きながら言えば、森と坂口もゆるりと殊更、空気を緩くする。
    「それこそ貴方が正義感に目覚めて世直しの一旦として犯罪者を殺して回るようなことをし始めなければ、の話ですけどね」
    「うーん。そんな中也君も見てみたい気もするねえ」
    「これ以上、こちらの仕事を増やすようなことをするのは辞めて頂きたいものです」
    「顔色が良くないねえ。隈も酷い。医者としては休息をお勧めするよ」
     緊張感を何処かに置き去りにしたようなやりとりではあるが、これは坂口が中原を容疑者として考えていないということを殊更、主張しているだけに過ぎない。気の抜けた空気という茶番だ。森がそれに乗っているのは、中原に対して大人しく身柄を明け渡し、嫌疑を晴らして来るようにという言外の命令だ。
     そうなれば中原が取る道は一つしか無い。
    「何処に向かえば?」
     その一言に森は微笑み、坂口は淡々と事務的に向かう先を告げるのであった。
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