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    直弥@

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    前に書いたエピローグ壱の対となる話

    #長編
    long

    長編 エピローグ弐 中島は店の扉を出た。
     途端に響くのは大通りの喧騒。人の雑踏に車の排気音が一気に押し寄せ、先程までの店内がどれだけ静かな空間であったのかを思い知る。
     高級、と呼ばれる程では無いにしても宝飾店となれば些か気後れをしたが、それでも目的があれば足を踏み入れることに躊躇いはなかった。
     この店に来たのは今日で二度目。一度目に預けたものが完成したということで、受け取りに来たのだ。丁寧に包まれた箱を入れた店の紙袋を手に、中島は帰路に着く。
     定時で上がってから取りに行ったために既に日は暮れを見せ、暖かな朱い色が空を覆っていた。端から宵闇が迫る時間に社員寮に着けば、部屋からは美味しそうな夕飯の匂いが漂って、中島の腹がなる。そんな正直な腹に苦笑を浮かべ、手にしていた袋を柔らかく一つ撫でる。
     迚も大事なもの、だ。
     あの日、太宰が中島に託したもの。
    「ただいま」
     玄関を開ければ夕飯を作って居た泉が顔を見せる。
    「お帰り。受け取れた?」
    「うん」
     靴を脱ぎながら泉に答えれば、少し安堵したように頬を緩めた。
    「すぐ、ご飯できるから」
     そう言って勝手場に姿を消した泉を見送って、中島は手の中の袋をちゃぶ台の上に置き手を洗いに行く。
     洗面台の鏡に映るのは少しばかり泣きそうな、情けない顔だった。

     太宰から託されたのは、彼が普段遣いにしていたループタイのアグレットだ。
    「大事なものだよ。絶対に、失くしちゃぁ駄目だよ」
     そうして中島の手に握らせたそれは、何時だったか誕生日に情人から贈られたものなのだと、苦笑を多大に含ませて言われたことがあった。それを何故、中島に渡して言ったのか。
    「天河石。アマゾナイトとも言うね」
     知らず力を込めて握りしめていた中島に、そう告げたのは江戸川だった。
    「希望の石。行動の石。そんなふうに言われてるよ」
     一体、どういう経緯でそんな石を太宰は贈られたのか、中島にはわからない。それを中島に失くすなと託した理由も解からない。それでも、きっと掌の中にあるそれは、太宰にとって失うわけにはいかない大事なものだったのだろう。
     常に飄々として、それでも誰よりも頼りにしていた男の胸を飾っていた希望の輝き。
     なれば中島とて失うわけには決していかない。
     それでも。
    「敦、大丈夫?」
     中島に寄り添うように立つ泉に視線を向ける。何時でも自分の隣に立つ少女。折れそうになる時でも凛と、前を向くその姿に何時だって救われてきたのを思い出す。
    「うん。あのさ、聞いて欲しいんだけど」
     そうして思い付いたことを口にすれば、戸惑いながらも泉は頷くのだった。

     いつものように夕飯を終えた中島は、紙袋から取り出した箱を泉に渡す。
    「僕には良し悪しはわからないけど」
     そう告げれば、受け取った泉は静かに箱を開けた。
     そこに鎮座するのはアグレットをリメイクして作られた帯留めである。
    「本当に、私がこれを持ってて良いの?」
     それを見つめながら泉は静かに聞いた。中島が太宰から受け取ったところを、見ていたからこその言葉だろう。中島は躊躇わずに頷くと、帯留めへと形を変えた天河石を手に取り、泉の手に乗せる。あの時、太宰が中島にしたように。
     そして、その手を握って真っ直ぐにその黒い瞳を見つめる。そこにある光を確かめるように。
    「太宰さんは大事なものだから、失くしちゃいけないって言ってたんだ」
     どうしてそうなのか、今は未だうまく言葉にはできないけれども。
    「だから、鏡花ちゃんがそれを持ってて欲しい。絶対に失くしたりしないように」
     握った手に少し力を込めて告げれば、泉は少しして頷き手を握り返す。
    「解った。私も絶対に失くさない」
     その返事に中島は安堵したように息を吐き、ゆっくりと表情を弛緩させた。そして、店で聞い口にする。
    「お店の人がね、教えてくれたんだ。この石の名前。アマゾン川からとったって言うのが有名なんだけどね。もう一つ由来があるんだって」
     握りしめた泉の手ごと、石を撫でながら中島は続けた。
    「アマゾネスっていう戦う女神様の名前からとったって言うのもあるんだって。それを聞いて、やっぱり鏡花ちゃんに持ってて欲しいなって思った」
     その言葉にいくつか目を瞬いた泉は小さく答える。
    「女神様とか、そんなの柄じゃない」
    「そんなこと無いよ!鏡花ちゃんにはいつも助けて貰ってるし。それに、鏡花ちゃんが持ってたらそんな女神様の加護があって、鏡花ちゃんを守ってくれるかもしれないかなぁって」
     言いながら段々と口調が弱くなる中島に、泉はその紫黃水晶を覗き込んだ。その視線に中島は頬を掻く。
    「本当は僕が守れたら良いんだけど、未だ弱いし。だから、少しでもって思って」
     情けないことを言って居るのは自覚している。それでも、現状、中島よりも泉のほうがずっと強いのだ。勿論、中島とてこのままのつもりは無いのだが。
    「私はいつも護って貰ってるから。でも、ありがとう」
     小さく、微笑んだ泉は中島にそう答えた。それを受けて中島も微笑む。
     希望、そこに護りの意味を加えた青緑の石が静かに輝いていた。
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