その名を呼んだ あ、と思った時にはもう遅かった。
灼けるように熱い感覚が脚に走り、フィンはガクリとその場に座り込む。
呆然と足を見下ろすと、そこからどくどくと血が流れ出ていた。その光景は命そのものが溶け出して消えていくようで、フィンは思わず短く悲鳴を上げる。
遅れて走ってくる激しすぎる痛みに、気絶しそうになるのを何とか堪えた。ズシンと音がして、フィンは恐る恐る顔を上げる。
そこには、フィンにこの怪我を負わせた相手——巨大な森サソリがいた。
課題の薬草を採りに、一人で森に入ったのが間違いだった。深くまで行かないからと、友人に頼らず自分で解決しようとなんてしなければ。
森サソリが、弱った獲物を仕留めようとその鋏を振り上げる。フィンは固く目を瞑り、無意識に呟いた。
「兄さま……!」
瞬間、耳元を凄まじい音と共に何かが飛んでいった。同時に、心の臓を震え上がらせるような、恐ろしい断末魔が響き渡る。
それにフィンは目を見開いた。輝く美しい剣が、蠍の脳天を貫き消えたのを見た気がしたからだ。
フィンは振り向こうとして、突如体の力が抜けた。緊張が途切れたのか急速に意識が落ちていく中で、見覚えのある姿が見えた気がした。
「……っ!」
目が覚めた途端、足の痛みにフィンは呻き声をあげた。
「! フィンくん、目が覚めた?」
「大丈夫ですか、フィンくん!」
「平気か⁉︎ 生きてるか⁉︎」
「生きてるからここにいるんだろ、馬鹿か貴様は」
続け様に声をかけられ、フィンは瞬きをした。いつのまにかベッドに寝かされている。横にはマッシュ、レモン、ドット、ランスの四人が揃って詰めかけていた。
「あれ……みんな、僕どうして……」
混乱してフィンがそういうと、泣きそうな顔をしてレモンが言う。
「マッシュくんが森で倒れてるフィンくんを見つけたって運んできたんですよ! 覚えてないんですか?」
「そうだぞ、オメーどんだけオレらが心配したと思ってんだよ!」
続け様にドットにそう言われて、フィンは思い出す。
森サソリに襲われて、誰かが助けに来てくれて……。兄だと思っていたその人は、きっとマッシュだったのだろう。そう納得して、フィンはマッシュを見つめた。
「そうだったんだ……ごめんマッシュくん、迷惑かけて。……ありがとう」
そういうと、マッシュはなぜかぎこちない口調で答える。
「ウ、ウン。フィンくん、無事でヨカッタ……」
それにフィンはあれ、と首を傾げる。どう見ても嘘をついている時のマッシュだった。
「オレはフィンが目覚めたことを知らせてくる。……フィン、今度から絶対に一人で行動するなよ」
ランスがそう強い口調で釘を刺し、身を翻す。
「そうだ、私替えの包帯持ってきますね」
「レモンちゃん、オレも手伝う!」
そう言って、慌てて去っていく二人を見送る。
マッシュはその場に一人残って、何か言いたげに口をパクパクさせていた。それに気づいたフィンは、マッシュにこっそりこう言う。
「マッシュくん、話したいことがあるなら言ってね」
「……うん」
逡巡した様子で、しかし嘘をついていることへの罪悪感に耐えきれなくなったのか、マッシュはフィンの耳元に口を近づけて囁いた。
「あの、本当はレインくんに頼まれたんだ。フィンくんを医務室に連れて行けって」
「……えっ?」
その言葉に、フィンは呆然とした。最後に見た光景を思い出す。
やっぱり、あれは兄さまだったんだ……。
本当に、助けに来てくれたんだ。
そう思って、フィンは胸が温かくなるのを感じた。
「フィンくん、もう一人で森に行かないでね」
マッシュのそのセリフに、フィンは我に返る。
「本当にごめんね。心配かけちゃって」
そういうと、マッシュはふるふると首を振り、こう付け足した。
「僕たちもだけどレインくんがね、顔真っ青にして、本当に辛そうだったから。だから、もう一人で行かないで」
その言葉に、フィンはただ頷いた。
胸が詰まって涙が溢れたけれど、拭うこともできなかった。