来月は夏太郎の誕生日「欲しいものあるのか」
そう尾形さんに聞かれて、俺は焼き鳥の串を噛みながら固まった。欲しいもの、欲しいもの。向かいに座る尾形さんはハイボールを飲み干して、俺の分と一緒に店員さんにおかわりを注文した。
欲しいもの……。考えながら、今食べた肉が何の肉なのかも考える。よく来る駅前の焼き鳥屋さんは、どれが注文した何の串かの説明がいつの間にかなくなった。
いつも頼んでるものだからどれが何か分かるだろう、ということなんだと思う。ネギまとつくねはすぐに分かるけど、正直俺はどれがハツで、どれがハツモトか分かっていない。尾形さんは分かってるのかな。
「あんま、すぐには浮かばないです」
「そうか」
店員さんからそれぞれハイボールを受け取り、空っぽのジョッキを渡す。今度のハイボールは少し濃いめだ。人によっては殺す気か? ってぐらい濃いものを作るんだけど、こういうのって分量決まってるもんじゃないのかな。ベテランの技と勘で作ってるのかな。
「急にどうしたんですか?」
食べ終わった串を皿の端に並べる。尾形さんはつくねに添えられていた卵の黄身をかき混ぜて、タレと絡ませていた。
「来月誕生日だろ」
「……そうですね、そうか、もう七月ですもんね」
「欲しいものがあればと思ったが」
つくねにタレと黄身を合わせて一口で食べる。尾形さんは一仕事終えた顔でハイボールを飲んでいる。いつも思うんだけど、尾形さんって黄身を潰すのが好きなのかな。俺が頼んだつくねの黄身をいつも潰してタレと混ぜている。食べますか? って何回か聞いたけど、全部断られたのでつくねが食べたいわけではないらしい。
「んー、新しいパソコン?」
家にあるノートパソコンは高校生のときから使っているので、なかなか年季が入っている。特に問題があるわけではないんだけど、新しいの買ってもらえるなら買ってほしいかも〜なんて。家族でも恋人でもない、ただの友人への誕生日プレゼントに買うには高いよね。
「分かった」
「あーあー違います違います。パソコンいらないです」
そうだった。この人、何でも買ってくれるんだった。言い方が悪い。何でも買おうとするんだった。さすがに何でも買ってもらったわけではない。でも本当に何でも買う勢いなんだよ。
「いらないのか?」
「いらないです。だってほら、尾形さんちのパソコン借りてますし」
家のパソコンは相当やばいときにしか使っていない。気がついたら尾形さんちにいるので、そのまま課題をしたりしている。たまに尾形さんに邪魔をされるけど、うちのやつより新しいから、何かいい気がしている。たまに邪魔されるけど。猫かよ。新聞の上とかパソコンの上に乗ってくるやつ。猫かよ。だから大体尾形さんがいない間にやってるんだけど、尾形さんってあのパソコン使ってるのかな。あんまりそういう形跡がないんだよね。
「あー、じゃあ、お揃いのサンダル買いません?」
「サンダル?」
「そう、夏ですし」
テーブルの下で片足を上げてサンダルをぶらぶら揺らしてみる。
「サンダルか……」
「尾形さんが好きなの買いましょ。ね?」
ハイボールを飲みながらメニュー表に手を伸ばした。サンダル……と繰り返す尾形さんが代わりにメニュー表を取って食事のページを開いてくれる。
「だし巻き卵」
「いいですね!」
熱々のハムカツを持ってきた店員さんにだし巻き卵を注文して、マヨネーズに一味をかけた。尾形さんの誕生日プレゼントでお揃いのマフラー買ったから、今度はサンダル。いいじゃん。俺はナイスな提案をしたな、と機嫌が良くなった。一味マヨネーズをつけたハムカツをかじる。
ぱた、と音がして足から揺らしていたサンダルが落ちた。