まだ?もう??やっと??? ダメ元で告白して、まさかのオッケーをもらって三ヶ月。いっぱいデートをしてきたけど、まだ俺と尾形さんは手を繋いですらいない。でも、そろそろ、いいかなって、俺は思うんだ!
だから今日のデートで、タイミングが合えば、なんて思っている。でもそう思うと、タイミングというものが分からないことに気がついた。
まず待ち合わせ場所がカフェだったので手が繋げない。例えばカウンター席で横並びであればワンチャンあったかもしれないけど、テーブル席だったのでネコチャンもなかった。じゃあ移動するか、となったところで俺の手汗が止まらなくて無理だった。これは緊張もあるけど、暑すぎる夏のせいでもある。あと隣に並んだ尾形さんはずっといい香りがしていて、俺は、俺は、俺は……!
最初の目的は映画だったので、観ている間に……と思ったけど、尾形さんは肘置きには肘だけ乗せて、腹の上で手を組んでいたので手を繋ぐなんて無理だった。俺が観たいと行って誘った映画だったけど、尾形さんは楽しんでくれたかな。寝ていなかったから大丈夫だと思うけど、感想を聞いたら「あー、まぁ、面白かった、んじゃないのか?」と曖昧なものだった。えーん、俺も尾形さんのことが気になりすぎて、映画どころではなかったから何も言えないよー。
居酒屋への移動はそんな感じで、手を繋ぐなんてできなかった。予約していた居酒屋は座敷の個室に通されて、これまた自然に手を繋ぐなんてできる雰囲気ではなかった。ご飯も酒もおいしかったんだと思う。緊張しすぎて味がよく分からなかった。分からなかったんだよ。
「夏太郎」
「ひゃい!」
名前を呼ばれたことにびっくりして声が裏返る。ついでに猪口が手から逃げた。
「わ、わ」
中身が入っていなかったとはいえ、落として割ったらいけない。俺は慌てて猪口を掴んだ。
そうやって俺が猪口に夢中になっていたら、いつの間にか向かいの席から尾形さんがいなくなっていて、真横から物凄い圧を感じた。俺は震える手で猪口をテーブルに乗せ、そちらに目を動かす。ありえないほど近くに尾形さんの少し赤くなった顔があった。
「おが」
「お前、どういうつもりだよ」
「ど、どうって」
「今日ずっと上の空だよな」
尾形さんがさらに近づいてくる。右太ももとすぐ後ろに尾形さんの手を置かれる。左側から迫ってくる尾形さんは俺の逃げ道を塞いだ。正確には右太ももに置かれた尾形さんの左手を払えば逃げられるんだけど、せせせせっかく尾形さんが俺に触ってくれているのにそれを払うなんて! 俺にはできない!
「ええと、それは、その」
「何考えてんだ?」
な、何って尾形さんのことだけど、それをそのまま言うのは恥ずかしい。でも聞かれたことに答えないのは嫌だし、かといって嘘をつくのもできない……。じりじりと尾形さんが距離を詰めてくる。うううううう嬉しいのに! 俺はどうしたら!
「夏太郎」
「わう〜〜〜〜、きょ、今日は、ずっと、その……」
「別れ話か?」
「は? え、いやいやな、何でそ」
「付き合って三ヶ月、お前は何もしてこなかったし」
「そ、それはだって、ま、まだ三ヶ月ですよ⁉︎」
尾形さんの顔が目の前にある。酒の香りと尾形さんの香りがして、俺はくらくらしてきた。
「もう三ヶ月だろうが。そうやって焦らして遊んでるのかと思ったけど、待てど暮らせど触ってもこねぇし……」
「だだだだって!」
「だってぇ? 申し開きがあるなら聞いてやるよ。俺は優しいからな」
そう言って尾形さんが俺の背骨を下から上になぞってきた。背筋が伸びる俺に合わせて尾形さんの体も伸びてくる。常に俺の顔の前に尾形さんの顔がある状態で、すごく嬉しい気持ちと、こんなに尾形さんの顔が近いことなんて今までなかったから心臓がドキドキばくばくうるさい。
俺、もしかしたら今日死ぬのかも。
「わうぅ……、うう……お、俺、その」
どうせ死ぬなら後悔はしたくない。
俺は俺の太ももに乗っている尾形さんの左手を掴んだ。
「俺、今日ずっと、おおおお尾形さんとテェ繋ぎたくて!」
声が裏返ったのは目をつぶってほしい。もう全部恥ずかしい。自分の手のひらがじっとり湿ってるのも分かってるし、顔だって真っ赤だろう。全然かっこよくない。