そんなこと突然言われたって困りますよ「は?」
思わずそう言い返してしまった。
目の前に立つ尾形さんは年上で、俺よりもずっと戦闘に強くて、土方さんの役に立つというのに、俺は我慢できなかった。それだけ尾形さんが今言ったことは理解ができなくて、意味が分からなくて、返事に困った。
返事に困ったからって「は?」と聞き返すのはどうかと思うんだけど、考えてみたら尾形さんは俺の上司とか先輩とか雇い主とかそういう目上の立場の人ではない。俺より一回りぐらい年齢が上で、ほんの数分だけ俺より先に土方さんの味方になった。それだけの人だ。
だから俺が亀蔵に「は?」と聞き返すのと同じ感覚で「は?」と言っていいはずなんだけど、どうしても謎の圧力をどこからともなく感じてしまってそうはできなかった。できない日々が続いていたけど、今日の俺は違った。
あまりにも意味が分からなくて思わず「は?」と言ってしまった。
そしたらどうだろう。尾形さんはまさかそんな返しがくると思っていなかったらしくて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。それを見て、俺は少しだけ悪いことをしたな、と思った。ほんの少し、爪の先ほどだけど。
「ええと、尾形さん?」
名前を呼ぶと、びくりと体を揺らした尾形さんと目が合う。あ、尾形さんの瞳から勢いがなくなった。急に突き放された子どもの目になるやつだ。
たま〜に見ることになるその目は、正直いって好きなやつだった。いつも俺のことを小馬鹿にしたようにニヤニヤと笑いながら見下ろしてくる尾形さんが、この時だけはまるですがるような目で俺のことを見てくるのだ。
嫌いなわけがないだろう! という気持ちはもちろんあるんだけど、半分ぐらいはどうしていいか分からなくなる。好きなんだけど、落ち着かない。人間って難しいね。
「あの、その」
「忘れろ」
そう言って尾形さんはくるりと踵を返した。外套が翻る。
俺はその裾を掴んだ。これも反射。「は?」も反射。
「……何だよ」
「えーと、何と言いますか」
忘れろと言われたけど、忘れられるだろうか。尾形さんはさっき、俺に「お前、俺のことが好きなのか?」と聞いてきた。寝耳に水すぎて「は?」と聞き返してしまったが、もしかしたら俺の聞き間違いだったのかもしれない。
と思ったけど、尾形さんのこの反応的には何も間違っていなかったんだろうな、と思う。とはいえ、間違っていなかったからといって俺からの返事としては「は?」以外ないような気がするんだけど、どうしよう。
思わず尾形さんを捕まえてしまったし、尾形さんも足を止めた上に振り返ってくれたし、どうするのが正解なんだ?
「夏太郎」
「……はい」
「俺は別にお前のことを好いてるわけでもなんでもない」
「はい」
「……」
尾形さんの目が大きく見開かれる。これは不正解の答えだったらしい。俺は慌てて顔の前で空いてる手を横に振った。何してんだろう。
「あ、いや、あー、それは、ちょっと残念、ですね」
大きな嘘ではないからいい、かな? 尾形さんのことを特別好いているわけではないけど、特別嫌っているわけではない。同じ土方一派として仲良くやっていきたいのは本当だ。好きか嫌いかの二択を迫られたら、一応好きを選ぶ。
だから好いていない、と言われたら少し残念なのは本当。だけど、尾形さんの目の動き的にさぁ、俺のこと好いてるわけでもなんでもないってわけではないんだろうなぁ、と思う。
尾形さんだって俺のことを特別好きなわけではないだろうけど、特別嫌いなわけでもないだろうし、どちらかといえば俺のこと好きなんだと思うんだよな。
これは勘。日頃の態度、蓄積による推理。
そもそもわざわざ「俺のことが好きなのか?」と確認しにくるぐらいだから、尾形さんの中では何かしら想定していたやりとりがあったんだろうな。それをぶち壊したのは俺。ごめんなさい、尾形さんの読み通りに動けなくて。
「尾形さん」
外套の裾をもちゃもちゃと揉む。尾形さんの視線も俺の視線もそこに集まっていて、だんだんと「汚れてるな」「そろそろ洗濯した方がいいのかな」なんてどうでもいいことが頭をよぎり始めた。
顔を上げると尾形さんと目が合う。
「嫌ってるわけではないから」
「あ、はい」
何て返事をするのが正解だったのだろうか。
俺の間抜けな声に満足した尾形さんは外套を引っ張った。空になった手が寂しくて、自分の法被の襟を整える。
さっきまでの子どもの目から、大人で余裕たっぷりの表情に戻った尾形さんはそのままどこかへ行ってしまった。残された俺は、誰もいない空間に「はあ?」と言うしかなかった。