2023年もよろしくね「こういうガキがいいとか、百之助も趣味悪いよね」
「お前だってそのおっさんのどこがいいんだよ」
「はあ?」
「ああ?」
隣に座る尾形が向かいに座る宇佐見といつものように口論を始めた。いつものことなので夏太郎は黙ってココアを飲む。両手でマグカップを包むと、かじかんだ指先に熱が帰ってきた。顔を合わせる度に嫌味を言い合う仲だが、だからと言って避けるわけでもない。分かっていて正面衝突をしに行っている。迂回しないのかなぁ、と夏太郎の頭の中を何度目かの疑問が流れていく。
上唇についた生クリームを舌で舐めとっていると、向かいに座る門倉が少し身を乗り出して小さな声で話しかけてきた。カップをソーサーに戻した夏太郎も身を乗り出す。尾形と宇佐見の恋人である夏太郎と門倉は同じアパートに住むお隣さんで仲がいい。一緒に家庭菜園をやる仲だ。
「止めなくていいの?」
「いいんじゃないですか? そのうち俺らの好きなところ言ってくれますよ」
「そう……」
門倉がちらりと宇佐見に目をやる。尾形と罵り合っている宇佐見はその視線に気づかない。夏太郎は背中を背もたれに預けた。どうせ俺じゃ止められないし、というのが本音だ。
コートのポケットからスマホを取り出して操作する。音声録音を開始させて、画面を伏せた状態でテーブルの上に置いた。もちろん尾形と夏太郎の間だ。
過去にも何回か録音していて、このまま口論が続いて惚気合戦になったら記念すべき十本目になる。毎度毎度飽きないよなぁ、と思いながらストロベリーソースのかかったクリームパイを齧る。
「ん、おいし」
「慣れてんのね……」
落ち着かない様子の門倉は、先ほど買ってきたばかりのコーヒーを飲み干したようだ。初めて見るわけでもないし、二人とも大声ではない。周りに迷惑がかからないなら多少バチバチするぐらいいいんじゃないかな。
手持ち無沙汰になった門倉は、そわそわしながらスマホをいじり始める。宇佐見はそれを見逃さない。すぐさま門倉の手からスマホを奪った。
「何! 僕といるのに! スマホ触ってるんですか!」
「おま……お前だって尾形とずっと話してるだろうが」
「でもスマホはいじってません!」
「はあぁ?」
意味が分からない、という顔をする門倉に夏太郎も内心頷く。一緒にいるのに相手をしていないって意味ならどっちも同じなのになぁ。ズボンにこぼしたパイ生地のカケラを指でつまんでトレーに乗せていると、ぐいと肩が掴まれた。そのまま抱き寄せられて、尾形に頬ずりされる。
これも何回か経験した流れなので、夏太郎はこれといった抵抗もせずにパイをよく噛んで飲み込んだ。直接顔を見なくても、宇佐見の興奮具合で尾形が今どんな表情をしているのか予想がつく。
「大変そうですなぁ、門倉ぶちょー殿。退社しても部下の面倒を見ないといけないなんて」
「尾形、お前も分かってるなら」
「キイイイ! 尾形お前表出ろよ!」
「やだね」
ず、とイスをずらして尾形は夏太郎に寄る。両腕を腰に回して、しっかり抱きついてきた。もっもっとパイを食べるのをやめない夏太郎の膨らんだ頬に唇を寄せているが、目は宇佐見に向けたままだ。今日は惚気バトルにならなさそうだなぁ、と夏太郎は思う。
尾形さんが俺の好きなところ言ってくれないなら、早々に退散したいかも。せっかくのデートだし。
「門倉部長!」
「ん?」
「もう出ましょ! こんなバカップルの相手することないです!」
「うん? お前が勝手に席奪ったんだろ」
「奪ってないです! 四人掛けなのに二人で使ってたんだから、余ってたんです!」
そう言って宇佐見はフレーバーティーを一気に飲み干すとコートを掴んで立ち上がった。遅れて門倉も立ち上がる。
「こら、お前、ゴミ! ……すまんな」
「いえいえ。そうだ、もう少しでカブが収穫できるんで」
「ああ! だよなぁ、楽しみだ」
店の外で宇佐見が振り返る。何かぶつぶつ言っているようだが距離があるので聞こえない。門倉は手早く二人分のゴミをまとめてゴミ箱に投げ入れた。はずだったがうまく入らなかったようでカラカラと床に転がる音がする。
「あー」
と声がしたが、夏太郎も尾形も振り返らない。目が合ったところでやれることはない。もー……とぼやく声が聞こえたのは気のせいだろう。
夏太郎がちら、と尾形を見ると、すぐに目が合う。腰に回された腕はまだ解けない。
「食べます?」
「ん」
尾形がぱかりと大きく口を開けたので、夏太郎は残っていたパイを全部入れる。口いっぱいにパイを頬張る尾形はむぐむぐしながら何度か頷いた。美味しいと言いたいのだろう。夏太郎は指先についたクリームやストロベリーソースを舐めとった。
「カブ」
「はい。小カブっていうみたいですけど。この前テレビでトマトと一緒に丸のまんま煮てて美味しそうだったんで、それやりたいな〜って思ってます」
「クリームシチューとか」
「あ、いいですねぇ」
ココアを飲もうと夏太郎が腕を伸ばすと、尾形の腕も自身のコーヒーへ向かう。自然と離れる体に、今度は夏太郎からくっついた。ココアを飲みながら尾形の肩に自分の肩を重ねる。
「夕飯どうします? 今だと朝採れほうれん草がありますよ」
「胡麻和え」
「いいですねぇ。じゃあ鶏肉でも買って帰りますか」
「酒も」
コン、と空になったカップを尾形はトレーに乗せた。夏太郎もココアを飲み干してソーサーとカップをトレーに乗せて立ち上がる。パンパンと軽くズボンをはたいてからトレーを返却口に戻した。
両手が空くと、左手を尾形に掴まれる。夏太郎が指を絡めると、尾形が満足そうに笑った。