ずっと、隣で。魔界学園。それは、悪魔たちが通う学校。といっても、マトモな悪魔が学校に毎日通う訳が無い。
学校にキチンと通う者は不良、休んだり好き勝手するのは優等生。
そんな学園であったゴタゴタ。『超魔熱血恋愛細胞MK2』を巡る事件が幕を閉じ、静かになった学園の屋上で、並んで座る影があった。
沈黙が包むふたりの合間を、風が縫う。
「…いつまで、その格好をしているつもりだ?」
「あら、いけませんか?わたくしの生前はこんな服装を着る機会がありませんでしたし、新鮮ですもの。もう少しくら、ね?」
ふふ、とイタズラっぽく笑い、眼鏡の奥の目を細めるアルティナに、ヴァルバトーゼはなんとも言えぬ表情を返した。
今ふたりは、並んで座りながらチョコを食べていた。それはアルティナが持ってきた件のチョコではない、また別のものだ。
「…ねぇ、吸血鬼さん」
「なんだ?」
「わたくしが持ってきたあのチョコ─あれに本当にわたくしの血が入っていたとしても、食べてくれましたか?」
「約束だから、食べると言って口に入れようとしただろう」
「ええ。ですが…」
何と言おうかと言い淀むアルティナ。
その暗い表情を見て、ヴァルバトーゼは口を開く。
「…以前」
「え?」
「以前、言っていただろう。天使が体を傷付けることは天界の法によって禁止されている、と。その禁忌を犯す覚悟を持って来たというのなら、俺とてその心意気を無下には出来まい」
「覚えて、いらっしゃったんですの?そんなに前のこと」
「言う程前ではあるまい。それに俺は記憶力がいいのでな。…400年前の約束を、今も覚えている程には、忘れっぽくない」
「…!」
クク、と笑いながらチョコを口にし、「…甘いな」と呟く。
「それで、本当にあのチョコにはお前の血が入っていたのか?」
「…さあ、どうでしょう?ご想像にお任せしますわ」
「……お前まで、血を用意してくるのではあるまいな」
「あら、それは狼男さんのお役目でしょう?わたくしが奪えるはずはありませんわ」
クスクス、とアルティナが笑う。
真意の分からないその笑みに、ヴァルバトーゼは苦笑いを返す。
「…全く、油断ならぬ相手が増えたか」
「ふふ、なら覚悟していてくださいな。もう、あの時のようにお別れすることはありませんし、約束もまだ果たしていないのですから」
「そうだな。もうあんな別れ方はさせぬ」
「守ってくださるんですよね?」
「だっ、だからあの言葉はお前に言ったのではなくてだな…!」
旅の途中に零した爆弾発言を掘り起こして言うと、分かりやすく慌てるヴァルバトーゼ。
そんな彼を見て意地悪く微笑むアルティナに、溜息をこぼした。
「…揶揄っておるつもりか。悪魔を揶揄うとは…全く、妙な天使─いや、お前は人間の頃から妙だったな」
「あら、失礼ですのね。吸血鬼さんが分かりやすいだけですのに」
その言葉に「そんなに分かりやすいか…?」と少しか細い声で返す。
アルティナは、そんな彼に小指を差し出した。
「ねえ、約束してくださいませんか、吸血鬼さん?あの頃の約束を果たすまでは、わたくしをお傍に置いてくださる、と」
「お前を、傍に?」
「ええ、“仲間”として」
「そんなもの、当たり前に決まっている」
どんな関係であれ、隣にいるというのはそれだけで奇跡。
“今以上の関係”など、大それたことは望まない。そう彼女らしい謙遜の気持ちが知らぬうちに込められていたのだが、そこには気付かないらしい。
「誰が何と言おうと、フェンリッヒも、小娘も、デスコも、小僧も─そしてアルティナ。お前も含め、全員俺の大切な仲間たちだ。これからも、それは変わらぬ」
「絶対、ですか?」
「ああ、それこそ約束だ」
「そんなに簡単に約束を口にしたら、また怒られてしまいますわよ」
「だが本当のことだ」
先のことを、未来のことを。
そんなもの誰も分からないのに、この吸血鬼は当たり前のように“変わらない”と言い切る。
向う見ずのような、まるで本当にそうだと信じさせるような。
「だが、それとお前の血を吸う約束はまた別だ。
すぐにお前をすぐに極上の恐怖へ叩き落としてやろうッ!!」
「ええ、頑張ってくださいね」
高らかに言い切って指を指すヴァルバトーゼに、アルティナはいつもの笑みを向ける。
(でも、あなたはきっと知らないでしょう。
わたくしの恐怖は、『あなたがいなくなること』なのだと。
恐怖の大王にあなたが飲み込まれてしまったあの時、どうしようもなく身体が震えて。
そう素直に伝えたのに、それは自分のことではなく恐怖の大王を恐れたということになる、それでは悪魔のプライドが許さない、なんて…
もうこの先、わたくしが怖がることは、きっとない。
だってこうして、『ここにあなたがいる』んですもの。
わたくしを恐怖に叩き落とすためには、きっと気が遠くなるほど長い計画になる。
だから──)
「楽しみにしていますね、吸血鬼さん」
「楽しみにしてどうするのだ!?」
悔しがるあなたを。
必死なあなたを。
頼もしいあなたを。
これからもわたくしは見ていきたいと思います。
──ずっと、隣で。