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    last_of_QED

    @last_of_QED

    ディスガイアを好むしがない愛マニア。執事閣下、閣下執事、ヴァルアルやCP無しの地獄話まで節操なく執筆します。デ初代〜7までプレイ済。
    最近ハマったコーヒートーク(ガラハイ)のお話しもちょびっと載せてます。

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    last_of_QED

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    7/29新月🌑【届け】
    新月創作最終回。やっぱりどうしたってディスガイア4が好きだ!

    #ディスガイア4
    disgaea4
    #地獄主従
    theHellWithTheLord

    届け【届け】



     その日、月が落ちた。
     星としての寿命か。はたまた、先の断罪者のように何者かが裏で手引きしているのではあるまいか。魔界中の悪魔たちは憶測の果てにまことしやかに囁くのだった。「月が落ちた」と。
     しかし、いずれの説も推測の域を出ることはない。月が忽然と姿を消した理由、その真相は政腐の総力を上げても未だ解明されていない。仕舞いには神の裁きだなどという、オカルトめいた噂までもが魔界に少しずつ拡がりを見せていった。
     ニュース番組が取り上げるのは連日月のことばかり。変わり映えしない報道に嫌気が差してフェンリッヒはテレビの電源を落とした。リモコンを放り投げ、不機嫌を誰にともなく表出させる。

     馬鹿馬鹿しい。

     月が落ちたとなれば、甚大な被害を受けることは免れない。魔界だけではない、太陽系の惑星も程度の差はあれ、まず無事ではいられない。潮の満ち引きがなくなり生態系に大きな影響を与えることは想像に容易い。海洋由来の悪魔たちをはじめ生きとし生けるものにとって月の存在は絶大で、月の光から魔力の恩恵を受ける人狼族ともなれば殊更である。世間が闇雲に流す噂話は彼にとって笑えない冗談だった。
     月が登らぬとなればプリニーたちの転生もままならない。罪人の魂は何処へも向かうことを赦されずに魔界を漂い続けることとなる。輪廻が滞れば世界中の命のバランスはいよいよ崩れ去るだろう。だのに、当のプリニーたちは「月が満ちないんじゃ罪の償い損ッス」等と呑気に言ってのけたのだから狼男は叱る元気も失くしてしまった。地獄に住み着く物好きな悪魔たちもさしたる興味を見せず、何処か他人事だ。フェンリッヒの眉間の皺は深くなる。
     しかし、地獄の悪魔たちが変わり者であることを差し引きしても、薄い反応は当然といえば当然だったのだ。月が姿をくらまし数日が経過した今、魔界にて確認出来た影響はひとつだけ。吞まれそうなほどに暗い夜が訪れること、それだけだったのだから。

     月のない夜、魔界は闇に包まれる。幾億光年先から降り注ぐ星の光ではあまりにもささやかで、心許ない。灯りを備えた場所であれば差し支えなかったが、例えば森の中、雨の夜、魔界の果て。悪魔の住処である魔界には存外、暗がりが多い。全く光のない環境下では己の姿さえもが見えなくなり、僅かに存在が揺らぐ。深い暗がりからは「何か」が柔らかく手招きする。その正体も、ここにいるはずの自身自身でさえもまともに視認出来ない気持ちの悪さ。悪魔は闇に潜んでいるなんて人間は言うけれど、真の闇の中にいつまでもいては悪魔だっておかしくなってしまう。

     本当に月は落ちてしまったのだろうか?

     頭の中でぽっかりと浮かんだ疑問。気が付けば狼男の靴先は執務室へと向いていた。勝手に駆けていく足が自身の焦りを目の当たりにするようできまりが悪かった。それでも、走り出した足は止められない。
     歩を進める毎に湧き上がるのは不確かさへの恐れ。苛々とした胃の不快感から気を逸らすように首を振った。幾度となく行き来したはずの廊下。その一番奥がいやに遠い。肩で切った風が燭台の炎を揺らめかせた。

    「ヴァル様」

     ノックはした。が、半ば駆け込むようにして執務室の扉を開ける。部屋の中の人を呼び止めれば主は黒く重厚なコートを翻す。眷属たちが音を立てて騒ぎ、数匹が飛び立った。拍子に振り向いたその人と目が合い、心臓が跳ねる。月の光を絶たれ、いよいよおかしくなってしまったのかと目を擦るがやはり見間違いなどではない。
     長髪をなびかせこちらを見たのは血染めの恐怖王。暴君ヴァルバトーゼと呼ばれた時代、在りし日の吸血鬼がそこにいた。

    「月が落ちたそうだな」

     歩を寄せ、近付いて来る主。その声、背格好。懐かしさにフェンリッヒの体がうち震える。顔を直視出来ずにいれば眼前に手をかざされて反射的に目を閉じる。頭に何かが触る感触に「撫でられたのだ」と理解が追い付くと同時に予期せぬ称賛が告げられる。

    「これまで良く尽くしてくれた」
    「閣下?」
    「月は落ちた。お前が俺に仕える理由はなくなった」

     何を言っているのだろう。らしくないと、フェンリッヒは率直に思った。土色の頬からは一切の感情が読み取れない。暴君の口から発されんとする続きを、聞きたくなかった。

    「俺とお前の約束は『月が輝き続ける限り』のもの。そういう契約だったろう」
    「一体何を気にしておいでですか。私はなにも約束に縛られて此処にいる訳ではございません。私の意思であなた様にお仕えしているのです」
    「……健気な男だな、お前は」

     ほんの少しの笑みを見せて息を吐いた暴君ヴァルバトーゼ。脆さの片鱗に触れてしまうのが怖くて、フェンリッヒは顔を逸らす。
     執務室はしんと暗い。息遣いや、胸の音でさえも聞こえてしまいそうな静寂に、暴君が重い口を開けた。

    「俺の言わんとすることがわかるか? 約束といえば聞こえはいい。だが、約束は時に呪いに変わる。お前はそれを良く知っているはずだが」
    「……話が見えません」
    「お前は俺(ぼうくん)に惚れ込んだのだろう? なのに、肝心の力を手放しただなんてとんだ誤算だっただろうな。……それでも四百年、お前は尽くしてくれた。もう十分だ。俺に出来るせめてもの償いは、お前を縛る呪いをきちんと終わらせること。それだけだ」
    「そんなの、あなたの独りよがりではありませんか」
    「独りよがりで構わんさ」

     つい荒げた自分の声でフェンリッヒは我に返る。主は強めた語気に少しの動揺さえ見せなかった。視界が霞んだように思え目頭を押さえれば、暴君の姿はいつの間にか良く見知った教育係のものに姿かたちを変えていた。骨格が縮みだぼつく衣服に着られた彼はもう、微笑むだけでそれ以上の言葉を紡がない。フェンリッヒは恐ろしくなって後ずさる。この数百年、誰よりもそばで見てきたはずの姿。それが何故こうも恐ろしいのか、彼にはわからない。

    「私は、そんなことを、言ってほしかったのでは……」

     狼男がやっとの思いで発したのは、ぐずつく子どものような言いぐさ。それ以上のことを吐こうにも喉につっかえる。呼吸がままならず苦しくなる。自身の体重さえ支え切れずにうずくまれば、逃げるように目を閉じるしか術はなかった。居城の外と同じ真っ暗闇が彼の前に広がった。

     ただ一言、否定してほしかった。月が落ちるなんて馬鹿げたこと、あるはずがないと笑い飛ばして欲しかった。それなのに心のどこかでずっと危惧していたことを他の誰でもないこの人こそが何でもない顔で突きつけた。そんなに優しい(あまったれた)命令を、オレはこれっぽっちも聞き入れたくはない。

     叫びそうになる衝動を必死に自分の中に抑え込んで、えずく。月が落ちてしまったなんて、認めること、出来るはずがなかった。

     わかっている。これはただの、出来の悪い夢だ。





     胸の辺りにほのかな温かさ、それから違和感を覚えた。かたく閉ざしていた瞼を恐る恐る開けば至近距離でガーネットの瞳と目が合う。魔性に魅入られるかのよう、しばらくぼんやりと二つの宝石に見とれていたがはたと我にかえる。腕を緩め咄嗟に腕の中の人と距離をとろうとしたが、狭いベッドの中では隙間の生み出しようがなかった。もがくシモベの姿を面白そうにヴァルバトーゼは眺めている。言い表しようのない気まずさの中、適切な言葉を探しフェンリッヒの視線が泳ぐ。

    「優れんようだな。部屋までついてきて正解だった。……まさか押し倒されるとは思わなかったが」
    「ご、誤解を生む言い方はおやめください……!」
    「誤解もなにも、事実ではないか」

     大きく咳払いをした後で、フェンリッヒは気付く。意識を手放してから今まで、ゆうに数時間は経過しているはずだった。それでも黙って抱き枕になってくれた事実を認識すれば途端に照れが込み上げる。主の気遣いを面映ゆくも嬉しく思った。そして今度は素直に詫びる。

    「いえ、申し訳ございません、閣下。ご無礼を」
    「フフ、お前の寝顔(めずらしいもの)が見られのだ。気にするな。……しかし、やはりお前は月の影響を大きく受けるのだな。うなされていたようだが?」

     白手袋の手が頭を撫で、穏やかに笑って寝床から抜け出して行った。こわごわとしたその手つきの懐かしさ。いつだったか、この人に同じように撫でられた気がした。追いすがるよう、自然と狼男の右手が彼の背を追いかけたが、ヴァルバトーゼはその指先を掠めて行く。ベッドに取り残された男の喉元でひとつの想いが発されぬままにはじけ消えた。それは、性行為の後の尾を引く寂しさにも似て、ひどくわずらわしく思えた。

    「月が食われてしまうとはな」

     カーテンが開け放たれる。窓の向こうにはただ暗闇が広がり、暗がりだけを映す窓に主の姿が反射している。満ちていたはずの月が蝕まれ、欠けていくように見える現象、月食。狼男は体が重い理由を、主がこの狭い部屋にいてくれる理由をようやく鮮明に思い出す。

    「遠慮はするな」

     その声色は魔力供給を促し、許すものだった。そういえば気を失う前にも一度、同じ言葉を掛けられたのだったか。言いぶりからして、方法はなんだって許されるのだろう。キスでも、体を重ねるのでも。
     それを十分に理解した上でフェンリッヒは静かに首を横に振った。強情な奴め、と吸血鬼は従者を笑う。磨かれた窓ガラスには吸血鬼の穏やかな呆れ顔が映っていた。





    「また何か企んでいるのではあるまいな」
    「閣下ともあろうお方が、人聞きの悪い」

     日が沈み、鐘代わりのゾンビがけたたましく吼え出した頃。そわそわと何かを気にする狼男を見かねてヴァルバトーゼは声を掛けた。仕事熱心なフェンリッヒがこうも落ち着かない理由はひとつ、月食だった。
     プリニーの転生にとって月の満ち欠け、特に満月は重要なものであり、熱心な教育係たちは日々満ち欠けを注視してきた。当然として二人は月食の訪れを予測していたが、この日、月を気にかけたのはプリニーの転生のためだけではない。

    「冗談だ。今日はもう切り上げて、少し涼みに行こうではないか」

     ヴァルバトーゼは人狼の腕を取る。一方、行動の意図を見抜いて、その腕を引かれまいとフェンリッヒは力んだ。飼い主と一歩もその場を動かぬ犬のような珍妙な駆け引きが幕を開ける。
     まあ良いではないか。いえ、お気持ちだけ。……そんな往復を繰り返すうちに、まどろっこしさから手が出る。手が出れば足が出て、気が付けば舞台は力比べの戦闘ショーにまで発展してしまった。悪魔ならば己が主張は力ずくでわからせれば良い。

    「ゼェ、ハァ……相変わらずの馬鹿力……お見それいたしました」
    「フ、そう褒めるな。イワシの力だ」

     力による問答の末、主人は意気揚々と。従者は渋々、夜の散歩に繰り出した。散歩といっても居城の敷地の範囲内を巡るのは仕事の延長線のようで、しかしそれがフェンリッヒの気持ちを楽にさせた。
     地獄に構えた居城のバルコニー、その手すりに腰掛け並んで空を仰げば、吹く夜風が二人を撫ぜていく。どちらからともなく話し始めたのはプリニーの教育指導について。それから仲間たちが次々に呼び込んでくるトラブルのこと。そのうち、談笑というよりも業務の一環になっていやしないだろうかとそんなどうしようもない勤勉さにヴァルバトーゼが肩をすくめた時、僅かに空が翳った。フェンリッヒが声を漏らす。

    「月が」

     月はその瞬間を境に、蝕まれていくよう少しずつ欠けていく。見上げた月の陰にフェンリッヒの脳内に悪い夢が蘇る。支配され、頭がぼんやりと働かなくなっていく。ヴァルバトーゼと共に過ごしてきた四百年。それを熱に浮かされたように彼はゆっくりとなぞっていった。
     断罪者ネモの騒動をおさめたこと。打倒政腐の道中で出来た仲間たちのこと。何度血を仕込んでも見抜かれること。主がイワシの美味しさに気付いたこと。逃げるように地獄に堕ちてきたこと。幾千の悪魔たちに追われたこと。ヴァルバトーゼが人間との約束で血を絶ったこと。
     そして、遡っていった記憶の終点。そこにいたのは暴君ヴァルバトーゼだった。フェンリッヒは吸血鬼の暗殺を目論んだはずの若い時分を振り返る。殺すつもりが助けられて、仲間を説かれて。呆れ果てた後でそれでも心に宿った真っ直ぐな想いを思い出す。忘れもしない、満ち満ちた月下でのことだった。
     けれど、月が満ち続けはしないことをのちに狼男は思い知る。暴君とまで呼ばれた主の魔力がたったひとつの約束に依って失われていった過去を、それを防げなかったことを痛切に悔やむ。これから何度同じことで後悔し、苛まれるだろうか。頭上の月は欠けていく。

    「フェンリッヒ」

     ヴァルバトーゼに声を掛けられフェンリッヒは我に返る。体内の魔力流動が狂い出すのがわかる。体に悪寒が走り、鉛のように重くなっていく。いよいよだとフェンリッヒは足を引きずるように自室へと足を進めはじめたが、部屋にこもろうとする仲間の手を吸血鬼は離さなかった。何遍やっても力で主に勝つことなど叶うまい。抵抗むなしく、結局はヴァルバトーゼに肩を担がれ部屋まで運ばれて、フェンリッヒはそのままベッドに倒れ込んだ。そこから先の記憶は、彼にはない。





    「綺麗だな」

     暗いままの空を見つめ言う主人の感性をフェンリッヒが否定することはない。目を凝らせば、完全に蝕まれ、光を失った月の輪郭が薄くも赤黒く、宙に浮かんで見えた。

    「当然でしょう。あなた様が守った月なのですから」

     少しの間をおいて、フェンリッヒは答えた。肘を付いて何とか重い体を起こす。視界に垂れて邪魔な髪を乱暴に掻き上げた。

    「お前が祈り守った月でもあるではないか」

     ヴァルバトーゼが指摘すれば「その話はおやめください」と狼男は渋い顔をする。けれどそこに僅かな照れが混じることに気付けばヴァルバトーゼはそれ以上を追及しない。

    「床に臥す哀れなシモベのためにひとつ約束してくださいませんか」
    「お前、本当は元気なのではないか?」

     間違っても主に押しつけるようなことはしない。しかして世間知らずの我が主を正しい方向へと導かんとするある種の使命感を背負って、男は小さく願いを乞う。

    「『月が綺麗だ』なんて軽々しくおっしゃるのはおやめください。勘違いする者が出てまいります」
    「……すまん、何の話だ?」
    「人間界ではその言い回しを好意の意思表示と捉えるそうです」

     頭の中で月と好意とが結びつかない吸血鬼は、きょとんとした顔でフェンリッヒを見る。見つめた狼男の瞳に少しの嫉妬心が渦巻いているのに気付けば、おおよその意味を汲み取ってくす、と笑った。

    「フフ、お前も人間界に興味が出てきたか? やけに詳しいではないか」
    「誰のせいだとお思いですか」

     ようやく上体を起こして溜め息を吐いて見せたフェンリッヒ。ヴァルバトーゼがその隣に座れば二人分の重みにベッドが軋む。ベッドは地獄に堕ちてしばらくしてから安月給で何とか買い付けたもので、寝返りの都度嫌な音を立てた。二人で寝そべろうものなら窮屈が過ぎた。だが、それで構わなかったのだ。
     白手袋の外された手がフェンリッヒの肩へと伸びる。熱っぽさを帯びた触れ方に、従者の心は揺れた。けれど、遂にはやはりその誘いを断って、もう一度首を横に振る。

    「月には。手の届かないところで輝いていてほしいのです」
    「自分がどんな顔をしているか分かって言っているのか」
    「……どんな顔をしていますか、私は」

     ヴァルバトーゼは肩を掴み、弱々しく笑った従者を押し倒す。組み敷かれた狼男は驚きこそ見せたものの抵抗することはない。ヴァルバトーゼはフェンリッヒを見下ろし、フェンリッヒはヴァルバトーゼを見上げた。

    「月に何を重ねているのか知らんが」
    「ヴァル様?」
    「まさか、月に手が届くのが怖いなどと言うのではあるまいな。俺たちはネモの暴走を止めるために月に降り立っただろう。……それから、月の美しさは曇ったか? 輝きは失われたか? お前と、仲間と守ったあの月が一層輝いて見えるようになったのは俺だけなのか?」

     フェンリッヒははっとして息をのむ。見上げた先で吸血鬼が困ったように笑みを作っていた。たかが数秒、されどその数秒に耐え切れなくなったのか、沈黙を埋めるようにその人はおどけてみせた。

    「まあなんだ。今はこの通り、見えないが。だが、在るだろう」

     からりと笑って頭上を指差した悪魔の奥に、フェンリッヒは強烈な輝きを見た。その眩さを秘めた悪魔はといえば未だ言葉を見つけられないでいる狼男を見下ろし、意地の悪い顔で追い討ちをかけた。

    「そんな顔で見上げられる月の身にもなってみろ。ほら、ごちゃごちゃ言ってないで手を伸ばせ」

     蝕まれていた月の淵がきらめき、一筋、光を取り戻す。月はゆっくりと、しかし再び満ち始める。月食は終わりへと向かいゆく。射した光は少し照れた様子のヴァルバトーゼと面食らった顔のフェンリッヒを暗がりの中、少しずつ浮き彫りにしていった。

    「届くでしょうか。月へ向かったあの時のように」
    「ああ、上手くいくだろうさ」

     フェンリッヒの手が恐る恐る素手の主に触れる。触れたのはたった指先だけ。そんな控えめな指をヴァルバトーゼは絡め取り、魔力を分け与える。
     とくとくと、心地の良いぬくもりが互いの皮膚越しに伝わっていく。悪魔にも体温はあって、心はあるのだ。それならばいつか、愛や慈しみさえをも持ち合わせるかもしれない。そう錯覚するほどに、二人は優しく触れ合った。

    「……で、この体勢は何とかならんのか」
    「フフ、あなた様がはじめたことですよ」

     馬乗りの主人と組み敷かれている従者。その変ちくりんな状況に二人はおかしくなって声を出し笑う。抱きしめ合った薄暗いこの部屋に充ちるのは、間違いなく希望だった。

     夜のしじま、月食の終わり。再び月は淵から金色の輝きを取り戻し、満ちていく。魔界に色が、戻っていく。

    「ヴァル様、」
    「ん? どうした」

     フェンリッヒは尚もかたく結ばれた指先に誓う。主の背の遥か向こう、輝く月の弧光へ精一杯に手を伸ばした。
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    😭👏❤❤🌕👏❤❤❤❤💕💕💕💕💕💕💕💕💕💕👍✨👍😭💖💖💖
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    last_of_QED

    DOODLEディスガイア4に今更ハマりました。フェンリッヒとヴァルバトーゼ閣下(フェンヴァル?執事閣下?界隈ではどう呼称しているのでしょうか)に気持ちが爆発したため、書き散らしました。【悪魔に愛はあるのか】


    口の中、歯の一本一本を舌でなぞる。舌と舌とを絡ませ、音を立てて吸ってやる。主人を、犯している?まさか。丁寧に、陶器に触れるようぬるり舌を這わせてゆく。舌先が鋭い犬歯にあたり、吸血鬼たる証に触れたようにも思えたが、この牙が人間の血を吸うことはもうないのだろう。その悲しいまでに頑なな意思が自分には変えようのないものだと思うと、歯痒く、虚しかった。

    律儀に瞼を閉じ口付けを受け入れているのは、我が主人、ヴァルバトーゼ様。暴君の名を魔界中に轟かせたそのお方だ。400年前の出来事をきっかけに魔力を失い姿形は少々退行してしまわれたが、誇り高い魂はあの頃のまま、その胸の杭のうちに秘められている。
    そんな主人と、執事として忠誠を誓った俺はいつからか、就寝前に「戯れ」るようになっていた。
    最初は眠る前の挨拶と称して手の甲に口付けを落とす程度のものであったはずだが、なし崩し的に唇と唇が触れ合うところまで漕ぎ着けた。そこまでは、我ながら惚れ惚れするほどのスピード感だったのだが。
    ……その「戯れ」がかれこれ幾月進展しないことには苦笑する他ない。月光の牙とまで呼ばれたこの俺が一体何を 3613

    last_of_QED

    MOURNING世の中に執事閣下 フェンヴァル ディスガイアの二次創作が増えて欲しい。できればえっちなやつが増えて欲しい。よろしくお願いします。【それは躾か嗜みか】



    この飢えはなんだ、渇きはなんだ。
    どんな魔神を倒しても、どんな報酬を手にしても、何かが足りない。長らくそんな風に感じてきた。
    傭兵として魔界全土を彷徨ったのは、この途方も無い飢餓感を埋めてくれる何かを無意識に捜し求めていたためかもしれないと、今となっては思う。

    そんな記憶の残滓を振り払って、柔い肉に歯を立てる。食い千切って胃に収めることはなくとも、不思議と腹が膨れて行く。飲み込んだ訳でもないのに、聞こえる水音がこの喉を潤して行く。

    あの頃とは違う、確かに満たされて行く感覚にこれは現実だろうかと重い瞼を上げる。そこには俺に組み敷かれるあられもない姿の主人がいて、何処か安堵する。ああ、これは夢泡沫ではなかったと、その存在を確かめるように重ねた手を強く結んだ。

    「も……駄目だフェンリッヒ、おかしく、なる……」
    「ええ、おかしくなってください、閣下」

    甘く囁く低音に、ビクンと跳ねて主人は精を吐き出した。肩で息をするその人の唇は乾いている。乾きを舌で舐めてやり、そのまま噛み付くように唇を重ねた。
    吐精したばかりの下半身に再び指を這わせると、ただそれだけで熱っぽ 4007