【夢でもし逢えたら 四夜目 すれ違いの夜】「「あれ?寝てる?」」
神代一人と富永研太は共に幽体離脱ができる特異体質持ちである。双方共にやっと自覚を持った。明晰夢ではなく、実際に現地へ何度も行っていたらしい。
神代は人智の及ばぬ所もあるだろうと現象自体は自然体で受け入れた。むしろ己の言動に動揺し、ふと思い出しては固まっている。
富永は何とかこの現象を自在にコントロールできないものかと、日々研究と実験にいそしんでいる。
いつこの夢で会えるのか、本人たちにも分からない。
なので、お互いのタイミングが重なってしまう夜もある。
「もう休んでいたのか。……長く眠れるようで良かった」
パジャマ姿で横たわる富永がいるベッドの縁に、ちっちゃな神代一人がふわりと現れた。
身長8.5センチ、体格2.5等身。もう慣れてしまったが眠る富永が巨大に見える。
何やら激しく寝返りを打ったようで、薄手の掛け布団を蹴り飛ばしてしまっている。
寒い時期でもないが腹部を冷やすのは良くなかろうとちっちゃな手で布団をつかみ、せめて腹の上だけでもと苦労してずり上げる。
そのままトコトコ枕元へ移動した。
次の瞬間富永は大きく手足をばたつかせ、体勢を仰向けから横向きに変えた。ああ、布団が…。頑張ったのに。
仕方なく富永の寝顔を覗き込む。その表情は幸せそうで……しあわせそうかこれ?何だか苦しんでないか?あ、にやけた。うめいた。忙しいな。
……まぁ、顔色は良い。慌ただしい夢でも見ているのかもしれない。悪い夢でなければ良いが。
いつもなら院長室に出るが、どうやら場所ではなく会いたい人の側に出現するらしい。
本来の姿で何度か訪れたこの部屋。富永総合病院を訪れる度、必ず案内してくれた富永の実家と彼の私室。御両親はお元気だろうか。
少年ケンタがその親の目を盗むために試行錯誤を繰り返した場所。
たしか『夜中ゲームをする時はですね部屋の内側からドアの隙間をビニールテープでガッチガチに目張りするんスよ色は黒一択!』と大真面目に話してくれた。
部屋を見渡しその光景を想像した神代は、小さな声でふふっと笑った。
オヤジさんには悪いが、富永らしいな。
「え、ちょ⁈」っと待ってここKぇの寝室じゃないのマジでーっ⁉
思わず出かけた声を止めるために富永は両手で口をガッチリ押えた。落ち着け。
スエットで寝てるこの人がいるってことは、ここはベッドの上ですよね?いきなりKのベッドにいるオレ。落ち着けって落ち着けるかーっ
これってRPGゲーならラストステージじゃないの⁈オレまだ〈対Kレベル5〉くらいなんですが⁈
いつもより早い時間だったからお仕事中かなぁ~とか思ってたんですけど⁉
……いや、でもこのひとが少しでも早く休めて良かった。睡眠時間は1分でも長い方がいい。
ここは美貌の心優しい魔王様なんだか姫様なんだかが眠る魔王城最奥の地。あ、優しい綺麗なめっちゃ強い姫魔王様なのかそっかー。
絶対に起こさぬよう注意しなければ。邪魔をしてはいけない!
細心の注意を払いつつ、身長8センチ体格2.5等身の富永はにょろりと枕元に移動した。
うつ伏せで眠る神代の顔は見えない。代わりに真っ黒な髪から懐かしいシャンプーの香りがした。
ああ、まだこの銘柄を使ってるんですね。なんだか嬉しいなぁ。
そっと艶やかな髪に触れてみる。わぁサラサラだ!
と、その時巨大な神代がころりと寝返りを打った。何でしょうね、なんでアナタ元々でっかいのに動作がいちいち控えめで可愛いんスかね?
とか何とか思ってる場合じゃないでしょーっうつ伏せからコッチ向いたという事は。
花のかんばせが目の前ってことでしょーーっ
何この超至近距離⁈
どうなのこの湯上り卵肌。どーゆーコトなのコレ?それに……
子供みたいな顔して寝てるーっ安心してクークー寝てるーっ
アナタほんとはこんな顔してたの⁈オレが知ってる以上のかわいい生き物だったの⁈
……そっか。今、この村は平和でみんな健康なんだな。きっと入院してる患者さんもいないんですね。
アンタの日々が穏やかで良かった。…いま、笑った?良い夢を見ていたらいいなぁ。
その時、美魔王姫様が身じろぎした。
横を向いたまま少し俯き、胎児の態勢になる。口元にやわらかく脱力した手が添えられた。
唇と手のひらの間、極小の隙間。神の領域に富永はいた。
こここここここれは。ごごごごごごごくらく。
ナニひとつ直視できませんがレベル5のオレでは
しかして密着しそうな至近距離に形良い唇があり、そこから視線を引き剝がせば滑らかな白い肌があり。背中は長い指で包まれている。
極楽。
まごうことなき極楽。
ごくらくにいるのに。よこしまなこころが。
…………ちゅーしても…………いいかな……?
いや唇はダメでしょ!ご本人の御本体よ⁉そこはご本人の承諾許可が必須でしょ⁉
……ほっぺ。ほっぺたならいいんじゃないかないい気がする。欧米ではご挨拶ですよそうっスよね⁈
それでは。おやすみのご挨拶ということで。頑張れオレ!セコいような気もするが気にするなオレ
「ちゅ」
……バタンと神の領域に寝転がり、富永は宣言した。
「今日はここで寝ます!Kぇ、おやすみなさい!」
お話できなかったけど、オレは大満足です!
「ぐふふふっ。ぐふっ!」
「こわっ⁉」
巨大な富永が突然不気味に笑い出し、大変満足気な表情を浮かべた。
……幸福そうだが…よこしまな空気を感じなくもない。いや。これはよこしまだ。
体を胎児のように丸めてほにゃほにゃに溶けた笑みを浮かべる富永から、思わず一歩引いてしまったちっちゃな神代はひとつため息をつき、わずかにコクリと頷いた。心配していた悪夢を見ていないならそれで良い。
何やらホンノリ如何わしい幸せな夢を見ている、ほにゃらけた富永の寝顔を見つめながら神代は思った。
ここで俺も眠らせてもらおう…かな。
神代はちっちゃな手を口元に当て、少し考えた。
そして緩み切った戦友の頬に軽くキスをし、枕元でコロンと横になった。
「おやすみ、富永。良い夢を」
終
追記
平和を愛する美魔王姫の攻略は正規ルートでレベル99
なお、ヒミツのウラワザ使用ルートならレベル8くらいで落とせるそうな。