果たしてこの七は灰ルートにいけるのか生まれ変わってみんな幸せに暮らしました、めでたしめでたし。とはいかないもので。いろいろあって転生した今、五条と夏油は別の学校に通っている。
「ありえねーよな」
五条は愚痴ってきたが、その事実を聞いた時は「だろうな」としか思わなかった。ここ−五条が自分が通うために作った元呪術師たちの集まる通称呪術高校−に通うには、夏油には自業自得の敵が多すぎる。
だが数日もしないうちに七海も似たようなことを呟くことになった。夏油さんの件は彼ににとって序章に過ぎなかったのだ。何が起きたのかというと、何も起きなかったのだ。灰原が呪術高校に来なかった。正確には、灰原が夏油の通う高校に入学した。何故かと本人を問い詰めても「こっちの方が味方が多いから」なんてよくわからないことを言う。灰原たちの高校に転校することも考えたが実行には移せず、寂しさを覚えながらも七海は学生生活を送っていた。
***
今朝も五条の愚痴を聞きながら二人で夏油に仕込んだマイクの音を拾っている。今月六個目のものだ五条は月に何度も壊されるのをわかっていて彼の鞄や靴に盗聴器を仕込んでいる。七海も夏油と一緒に灰原がいるからとそのことを黙認の上マイク越しの声を聴いている。そんな不健全な日課をこなしていると事件は起こった。
夏油が前世で育てていた双子たちの恋バナから灰原に話題が振られた時、彼はキッパリと言ったのだ。
「灰原は七海さんとどうなの?」
「どうって、何もないよ!」
「またまたー!」
「本当だよ!僕は嫉妬深いから、今の七海は絶対ナシ!」
一世一代どころか前世からの業も背負った気持ちはものの見事に打ち砕かれた。
***
「ナナミン、大丈夫?」
「俺でよければ話聞くっスよ」
朝の事件を引きずりながら授業をこなす七海に周囲は心配し、昼休みになる頃には見舞いのパンが積み重なっていた。
虎杖と猪野に至っては休み時間の度に声をかけてくる始末。その根気強い声かけに、七海は弱音を吐き出した。
「灰原にふられた」
「灰原?」
「だれっスか?」
はじめて聞く名前に二人は首を傾げる。七海も五条も彼の話を人にすることは今までなかったから、前世で関わりのない二人が知らないのも無理はない。
「私の同級生だ」
はじめて知らされる存在に二人は息を詰めた。だがそれに気づくことはなく、七海は話を続ける。
「前世から好きで、今世でもずっと探していたのに、五条さんの作ったこの高校にはいないし、と思ったら夏油さんと同じ高校で学生生活を楽しんでるし」
「え、夏油ってあの夏油傑?」
「学校が違うならせめて恋人になってほしいのに『今の七海は絶対ナシ』って」
「ん?」
七海の呟きに、虎杖が待ったをかけた。
「多分だけど、ナナミンはフラれてないよ」
「…?どういうことですか?」
「"今の"ナナミンはナシってことは、何か直してほしいことがあるんじゃない?」
虎杖の指摘に七海は盲点だったと目を見開く。
「そういうことか…!」
助言をありがとうと破顔する七海を二人は複雑な気持ちで見守る。その情熱を向ける相手が自分だったらいいのに、と。
***
「で、私はどうしたらいいのだろうか」
僕の発言の意図に気づけたのは及第点。話を聞くに人に言われて気づいたみたいだけど人脈ってことで多めにみよう。話題の入手方法が盗聴なのは、今は言及しないことにする。でもね七海、みんなで分けた上で持って帰ってきている貰い物のパンが入った紙袋。それを見て僕が何を考えるか想像できなかったかな?
「そうだね…」
鈍い君にはこれくらいがちょうどいいだろう。笑顔でサムズアップをし、口を開く瞬間に親指を下に向けた。
「僕以外とのフラグを潰してから出直しておいで」
***
「無理だと思うんですよね、七海が自分の魅力に気づいてない時点で」
灰原が壊れたマイクを弄りながら笑う。これで今月六個目だ。これは悟にも内緒の話だが、夏油に仕込まれているマイクが壊されるのは十割灰原のせいである。主に彼が五条たちに聞かれたくない話をする時にこうして破壊するのであった。
「手厳しいね」
「僕は七海が好きですよ?でも嫉妬して他の人を嫌いになるくらいなら、七海とは今くらいの距離でいいと思ってます」
早逝した灰原は呪術高校から見たら異質の存在だ。元呪術師であるにもかかわらず彼を知る人物が極端に少ない。逆に、七海を慕う人間はとんでもなく多い。そんな中に飛び込み七海を掻っ攫う傲慢さは灰原になかった。
「『みんなの七海さん』で周りも本人も満足してるなら、僕はいらないんですよ」
「…へえ?」
随分拗らせてるな、と夏油は苦笑したが、それはそれとしてクズなので、七海に手を貸そうなどという気は毛頭なかった。
「「こじらせた愛って怖いわね」」
夏油と灰原が笑う中、双子の声が重なった。