迷走する恋「第一回灰原雄にどうやったら好きになってもらえるかの作戦会議を始めます」
「「帰っていい(っスか)?」」
「ダメです」
七海は部屋を出ていこうとする小学生二人を引き留めた。
***
七海建人の自室。そこにいるのは部屋の主と、低学年と高学年の小学生が一人ずつ。小学生の名前はそれぞれ虎杖悠仁と猪野琢真という。
「なんで俺らが呼ばれたの?」
「雄のことを知っていてかつ雄に情報が漏れない相手が君らしかいないんだ。あと議題的にアドバイスがもらえそうだったから」
「俺たちが七海サンを好きだったからって話か」
「傷抉ってくるやつだ~」
ひどーいと言いながらも二人共笑っている。その目は恋に焦がれる少年のものではなく、友人の恋路を応援する穏やかなものだった。
「でも好きになってもらうって、両想いじゃないの?」
例の宣戦布告の後、本気を出した灰原に骨抜きになっている七海を見て想いを寄せていた前世からの知人たちと共に諦めがついたのは記憶に新しい。
「昔の私ではなく今の私を好きになってほしいんです」
七海曰く、七海を好きだという皆は自分が知らない所謂前世の自分を見ている、灰原の告白のきっかけもそれだった。だけど灰原には今の自分を好きになってほしいとのこと。
「なるほど?」
先日、灰原に「横恋慕してごめんなさい」と総出で謝罪に行ったことを思い出す。その時の彼はひどく狼狽えた様子で「こちらこそ恋人面してごめんなさい」と謝ってきたのだ。
「あんなに牽制してくる割に、謙遜が過ぎると思ったら」
「本人も引け目があるんですかね?」
「前世を知っていること込みで好きになったから構わないのに、何ですか!?恋人面してごめんなさいって!恋人だから!…恋人ですよね?」
「本人に聞いてください」
私たち恋人だよね?なんて情けなくて言えない。
「とにかく!雄に好きになってほしいから手始めに雄が好きだった私のことが知りたいんです」
「ナナミンのことかー」
「聞かれればそりゃいっぱいあるけど…七海サンはこう…大人オブ大人って言われるくらい、シュッとしててカッコよかったんスよね」
「シュッと…?」
「子供相手にも紳士でなんというか…行動がスマート?ってかんじ」
「スマート…?」
今の自分とは程遠い言葉の羅列に戸惑いを隠せない。雄が好きなのが彼らの言うような姿なのだとしたら、今の自分では満足していないのではないか?
「どうやったら昔の七海に近づけますかね?」
「うーん?」
前世の記憶なんてない現役高校生と小学生二人、三人寄れば文殊の知恵とはいえど難産が予想される議案だった。
***
数日後。
「バイトをしようと思う」
「バイト?」
いつも通りの昼休み。あらぬ誤解をされぬようにとまずは灰原に報告した。
「まだどこにするかは決めてないけど、バイトをしてみようと思うんだ」
「何か欲しい物でもあるの?」
「いや。どうして?」
「労働っていうか、働くの嫌いだと思ってたから」
確かに。自分の身を削って働くなんて馬鹿らしいとは思っている。生まれてから一度もやったこともないのに。
「働きたくはない。けど、雄に嫌われるのはもっと嫌だ」
「どういうこと?」
「私には社会経験が足りないと思って」
昔の七海が好きな人達曰く七海の魅力は大人でスマートな所。年齢はどうにもならないが、それっぽい行動なら経験を積めばできるようになるのではという算段だ。
「ダメだよ」
灰原の顔が険しくなった。
「どうして?私はただ、雄にもっと好きになってほしいだけなのに」
「七海自身が動機なら止めないけど、僕のために無理をするっていうならダメだよ」
「でも…」
「僕が嫉妬してもいいの!?」
灰原の怒声に教室が静まり返る。
「…よくないな」
「でしょ!?だからバイトはダメ!これ以上モテる七海なんて見たくない!!!」
「でも雄は、もっと大人っぽくてスマートな私の方が好きなのでは?」
「なに言ってるの!?僕が好きなのは同級生で、不器用で、一生懸命生きてる七海なんだけど!?」
「…ならよかった」
見知らぬ昔の自分だけでなく、今の自分もちゃんと見てくれている。その事実に安堵して灰原の胸に顔をうずめた。
「そういうことは家でや…あれ?家ってなんだっけ?」
「家を見失うな」
「末永く爆発しろ」