メリーさんの恋それは、ちょっとした悪戯心が始まりだった。
「手料理だったら何が食べたい?」
一緒に課題をしようと連れ込んだ自室で眠りこけてしまった恋人に、構って欲しいと言う気持ちから出た言葉だった。
「んなにゃみが作ってくれるの?じゃあフレンチトーストがいいなー」
「フレンチトースト?」
むにゃむにゃと眠りながらの返事に驚いたが、その後の単語の方が気になった。
「珍しいな。雄がパンを食べたがるなんて」
「ななみが作るやつ、僕のと違ってふわふわで美味しいんだよねー」
はて、フレンチトーストなんて作ったことがあったかな?と自問し、彼が話している七海が『前の自分』である可能性に思い至った。となるとこれはただのイタズラではなく負けられない戦いとなってくる。彼の好みを探るため情報収集を開始した。
「なんでふわふわになるのかわかるか?」
「うーん、僕はせっかちだからすぐに焼いちゃうんだけどー、七海は一晩つけてから朝一番で焼くから空きっ腹に卵液が染みて美味しいんだよね」
「朝一…?」
「むにゃ…」
朝からパンを焼いて一緒に食べられるとは、前の自分たちはどんな関係だったのだろう?同棲だろうか、結婚だろうか。というかできたてに勝る物を自分は提供できるのだろうか。なんてことをぐるぐる考えながら、フレンチトーストのレシピを検索した。
***
「…で、七海が朝から僕の家にフレンチトースト持ってきてくれたんだ!自転車だったから当然冷えてたんだけどさ、それでがっかりしてて、もう可愛いのなんの!」
「…灰原」
「なに」
「腕の上に乗っているものはなんだ」
昼休み。いつものカップルが大人しいと思ったら、片方がもう片方の腕を枕に机に突っ伏していた。皆が見て見ぬ振りをするそれに、寝ている方に椅子を取られたクラスメイトがツッコミを入れる。
「七海の頭だね」
「なんで腕枕してるんだ…?」
わざわざ他のクラスに来てまですることか?という疑問に「ゆうのかおがみたかった…」と腕の上の物体が答える。
「早起きしたから疲れちゃったみたい」
「寝るならせめて自分のクラスで寝ろよ…なんで他所のクラスに来てまで寝るんだよ…」
「ぐがー」
当たり前の指摘は、夢現のカップルには届かなかった。