灰は妹の影響で少し少女趣味がある「この家でもう一人養って欲しいんだけど」
一家団欒の朝食の席に乱入してきた五条は灰原が握ったおにぎりを頬張りながら爆弾を落とした。
この家にいるのは主人の七海と嫁の灰原、侍従の伊地知の三人。ここにもう一人入れろと言うのは、つまり…。
「私は五条さん同様、妾を取るつもりはないのですが」
「俺もそこまで鬼じゃねーよ、というか主に世話になりたいのは灰原のほうだしな」
「僕ですか?」
突然話を振られた灰原は慌てて箸を置く。七海は盛大にため息をついた。
「嫁の手が必要なら夏油さんでいいでしょうに」
「いやー、傑じゃできそうにないんだよな、これが」
「はあ?」
わけがわからないと眉を顰める七海。一方で灰原は五条の話から大体のあたりをつけた。
「華族に嫁入りする男の子の花嫁修行をしてほしいということですか?」
「そのとーり!」
ビシィ!と五条が灰原を指差す。
「そんなわけで、よろしく頼むよ」
***
約一か月後。
「灰原せんせー!できました!」
屋敷の一室の和室で花に囲まれた少年が灰原を呼んだ。
「どれどれ…うーん…」
「どうですか?」
灰原は少年の作品を四方八方から観察する。その間は空気が凍り付くなんて七海は想像もしていないだろう。しばらくしてから顔をあげ、少年に笑いかけた。
「…僕は好きだけど、合格点はあげられないな」
「またダメかあ」
生け花を前にして悔しがる少年を可愛らしいとは思いつつ苦笑いを浮かべるしかなかった。
***
五条の来訪から数日後、虎杖悠仁は七海邸にやってきた。商人の家の子だと自己紹介し、丁寧にお辞儀をする。彼を客間に残し別室で五条と話をすることにした。彼の身の上と、今回花嫁修行をすることになった理由を聞き、灰原は目を見開く。
「駆け落ち!?」
「そ。禪院家の跡取りと」
禪院家。五条家と並ぶ御三家の一つだ。そこの跡継ぎとなれば、伯爵家の灰原ですら相手として身分が低いと叩かれるような家門だ。平民が相手ならなおのこと。
「一体どうやって二人は知り合ったんですか?」
「元々恵は傍流で嫁に出た男の子供だったから、普通に禪院と関係ない平民暮らしだ。なのに突然指名されたからあっちも大変みたいだぜ」
「後から発覚する身分違いの恋…!」
五条の話を聞きながら灰原はまるで少女のように目を輝かせている。
「楽しそうですね」
「だって!身分違いの恋!駆け落ちからの連れ戻されても諦めない二人!少女小説みたいじゃない!」
「はあ…」
七海は詳しくないがそう言う界隈があるらしい。
「…七海はあんまり歓迎してなさそうだね」
「まあ、私も一応政府高官、規定側ですからね。法的措置に則らない方法を許すわけにはいかないので」
「まあまあ、やり方の是非はともかく。悠仁を禪院家にだしても恥ずかしくない男にしたいわけで、灰原、頼むな」
「はい!精一杯頑張ります!」
***
「ただいま」
「おかえりなさい!」
「おかえりナナミン!」
二人で玄関で出迎えると、七海は灰原に熱視線を送りだす。空気を読んだ虎杖は「俺、夕食の準備してきます!」と颯爽と去っていった。
「灰原、虎杖くんの花嫁修業は順調ですか?」
着替えを手伝う灰原の表情が暗いことに気づき、彼の悩みにあたりをつけて話を切り出した。
「うーん。基本的な家事や礼儀作法は元々ちゃんとできてたし今は完璧なんだけど…」
「教養部分ですか」
「そこなんだよねー。こればっかりは才能か慣れなんだけど…うん、彼は努力型だね」
ちなみに、灰原は才能でやってきたタイプだ。だからこそ教え方に難儀していた。
「頑張ってはいるんだけど、上手くいかなくてからまわってるね」
何か起爆剤があるんだけど、と頭を悩ませる灰原の肩に七海はそっと手を置く。
「…私に考えがあります」
「本当!?」
「ええ」
だからこちらを向いてください、と灰原の顔を自分へと向けた。
***
数日後、七海は手土産と称して菓子と少年を連れて帰宅した。
「伏黒!」
「虎杖」
黒髪吊り目の美少年に虎杖は飛びつく。虎杖の顔は歓喜に満ちており、少年の方も頬が赤い。二人が恋仲なのは明白だった。
「よく家に来る許可が出たね」
「今日は後見人の五条さんの所に出向く日だったそうなので、切り上げてもらいました」
「七海…!」
七海の気遣いに灰原は感激する。
「じゃあ、今日晩御飯を多めに作るように言ったのは…」
「一緒にご飯を食べられればと思って」
「やった!今日のは自信作なんだ!感想聞かせてよ」
「ああ」
虎杖は伏黒の手を握り居間へと歩きだした。灰原たちも少し離れてそれに続く。
「これで、二人ともいい気分転換になるといいんですが」
「伏黒くんも?」
「実力はあっても、あの家だと大変みたいですよ」
「うわぁ」
灰原家は女性相続の家なのもあって、親族内での争いはほぼない。名家って大変だなと改めて思った。
「そんな場所に虎杖くんは嫁ぐのか…」
(花嫁修行先の先生として、僕は何ができるだろう?)
七海は二人が会って息抜きできる時間と場所を提供した。他に彼らのためにできること…。
「…伏黒くんは、和歌は詠める?」
「はい、一応…」
「よし!」
灰原は気合を入れた。
「再来週、某子爵家で歌合があるはずだから、妹に頼んで付き人として参加してみよう、虎杖くん!」
「俺?」
「外に出てやった方が学べることもあるからね!」
「子爵家なら俺も参加できますかね」
「事前に聞けば断られることはないと思うよ!」
灰原の計画に戸惑いながらもまた会える機会ができたことに二人は喜んだ。
***
後日。歌合で虎杖は華族界の重鎮両面宿儺に似ていると話題になり、後に甥であることが発覚し、伏黒を気に入った両面宿儺が「婿入りするなら小僧の後見人になってやる」と言いだしたり(嫁に来いと言わなかったのは伯父が嫁と仲良くするのは倫理的に良くないと判断したかららしい)「俺がお前のお兄ちゃんだ!」と言い出す奴が現れたり、禪院家が壊滅状態になったりするのだが、それはまだ、もう少し先のお話。