修学旅行の恋冬が目前に迫ってきた頃。
「こんにちは、あなたが灰原くんですか?」
今日も今日とて昼休み。七海の膝の上に座り昼食を取る灰原にその人は声をかけてきた。
「誰?」
「班長?」
「班長!?」
灰原の疑問に答えたのは意外にも七海だった。班長と呼ばれた少年は「覚えてくれてたんだ…」と驚いた顔をした。
「修学旅行で私と同じ班の班長だ」
「三組からわざわざ来てくれたんだ!はじめまして。灰原雄です」
「はじめまして。今日は灰原くんにご提案があってきました」
「僕に?」
一体なんだろうと首を傾げると、班長は頭を下げた。
「修学旅行の自由時間、灰原くんの班と俺たちの班で一緒に回りませんか?」
***
事の始まりは数日前、修学旅行の計画を立てていた時だった。行先の話し合いをしていた所、七海が外を眺め上の空なことに同級生たちは気が付いた。
「どうしたの?七海くん」
「…なんで班は同じクラスでしか作れないんだろうか」
溜息をつく彼の真意が掴めず返答に困っていると、七海は言葉を続けた。
「雄と一緒に回りたかった…」
普段表情のほとんど変わらない王子様が愁いを帯びた顔を浮かべている。教室内は騒然となりどうしたものかと協議を重ねた結果、灰原に提案した内容に至った。
***
修学旅行三日目。一日自由行動のこの日は京都駅がスタート地点だった。
「やってきました京都ー!」
わーいと灰原が両手をあげる。それを目印に同じ班のメンバーが集まってきた。
「人多いな」
「全員揃ったか?」
「バス停どこだろ?」
好き勝手話すメンバーを見ながら同級生は息を吐く。
「にしても、二チーム八人の男集団は中々ムサイな」
事前の打診の結果、一緒に回ることになったため到着してすぐに合流した。
「あった、バス停」
「並んでるなー!」
はしゃぐ同級生を眺めていると、いつの間にか七海が隣に立っていた。
「灰原」
七海は灰原に手を伸ばす。
「迷うといけないから、ほら」
「…うん!」
修学旅行という非日常。いつもは照れが勝る灰原も素直に七海の手を取った。
***
バスを降り坂を登って灰原たちは目的地へたどり着いた。
「清水寺に到着!」
みんなと記念写真を撮り入館料を払い進んでいくと例の観光名所にたどり着いた。
「これが清水の舞台か」
「意外と高さないね」
「灰原、飛び込むなよ」
「え!?」
「これくらいならいけると思っただろ」
「思ってないよ!」
(実際飛び込んだことがあるからもうしないよ)
在りし日の任務を思い出したが口には出さなかった。
***
「はい!三年坂から寧々の道を通って八坂神社にお参りして四条河原町にやってきました!」
「端折るな」
「話すことねーし」
「それはそう」
雑談をしながら目的もなく歩く。ふとした瞬間人混みの中に見覚えのある姿を見つけ、灰原は走り出した。
「直哉!」
腕を掴まれた彼は不機嫌な顔で振り返る。間違いない、その顔は前世で見知ったものだった。
「誰や?」
「灰原雄。二級術師だよ」
「……ああ。悟君の後輩におったなあ。死んだ聞いとったんに」
「前世の話でしょー!それにしても、四条で会えるとは思わなかった」
「(アニ〇イトに行くゆうてもわからんやろな)…アイス食べに来ただけや。誰が好き好んでくるかこんな人の多いとこ」
口が悪いのも相変わらずだ。前世からの知り合いが少ない灰原にとって、嬉しい再会であった。
だが、ここにはそれを面白く思わない人間もいるわけで。
「雄」
いつの間にか不機嫌を前面に出した七海が灰原の隣にいた。
「七海君か」
「七海は覚えているんだ!」
驚く灰原を他所に七海は灰原に抱き着き直哉を睨みつける。その鋭い眼光に何かを察した直哉はにやりと笑った。
「なんや、二人はまだ一緒にいるんか」
「うん、そうだよ」
恋人になったんだ、とは言わない。絶対からかってくるから。
「酔狂やな」
「え?」
「生まれ変わっても一緒にいるなんて変わりもんやで」
予想外の言葉に動揺してしまう。言い返せない灰原の代わりに七海が口を開いた。
「酔狂で結構、恋なんてそんなものです」
行きましょう、と灰原の手を握り元来た道を戻る。引っ張られながら灰原は振り返った。
「…つまらんな」
軽くあしらわれたことに苛立ち舌打ちをする。そんな彼に慌てて声を張り上げた。
「直哉!連絡先…」
「いらん。縁があればまた会えるやろ」
灰原の声も空しくほな、と直哉も二人と逆方向に歩き出した。
***
灰原が戻ってきたので学校指定の集合場所へ向かう。道中、七海はつないだ手を強く握り灰原を詰問した。
「あの男はなんだ」
「直哉のこと?」
「何故名前で呼ぶんだ?」
「え?だって同じ苗字がたくさんいたし…」
「なんて苗字だ?」
「禪院」
「まず被らないだろ」
「それが被るんだよ…」
「…ならせめて、私のことも名前で呼んでほしいんだが」
「え!?嫌だよ!」
「何故!?」
「恥ずかしいから!」
段々声が大きくなっていることに気が付いていない。周囲からの視線にいたたまれなさを感じながら同級生は二人の肩に手を置いた。
「痴話喧嘩は東京に帰ってからやれ」