病み気味七灰灰原が恋をしたらしい。
楽しそうに談笑する『あの人』を遠くから見つめる瞳は恋する者のそれである。普段は自分から話しかけることを厭わないくせに、今はよく回る口を閉じ置物のように動かない。『あの人』に夢中のようで隣に座っても何の反応もなかった。しばらくして視線に気付いたのか『あの人』がこちらを向くと灰原は耳まで赤くさせて俯いた。『あの人』が不思議そうな顔をして私に視線を移す。これ見よがしに彼を抱き寄せて不敵に笑うと何かを察したのか、視線を外し元の輪へと戻っていった。
俯く灰原は気づいていない。淡い恋心が同級生の手により砕かれていることを。思いを寄せる相手がよりにもよってその男との仲を誤解していることを。
君が『あの人』への恋を諦める日を心待ちにしている。こんな碌でもない私の元へ君が堕ちてくる日のことを。この心中を知らない君は、安心したかのようにもたれかかってきた。
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『あの人』と君が話しているのを見かけた時、そこは僕の場所なのにという嫉妬心と共に君への恋心を自覚した。それからというもの『あの人』のようになれば君は振り向いてくれるだろうかという虚しい希望が心の中を燻っている。そんな僕の前に談笑する『あの人』が現れた。ベンチに腰掛けてその様子を観察する。スラっとした立ち姿、憂いを帯びた目、落ち着いた声。僕にはないものばかり。現実に直面して落ち込んでいると君がやってきて無言で隣に腰掛けた。気持ちを悟られないように無視を決め込み意識を元の場所に戻すと『あの人』と目があった。こちらの今の状況はどう見えているのだろうか。二人で寄り添っている?僕が慰められている?前者なら誤解だし、後者なら自分が情けない。しばらく俯いてあの人の興味が逸れるのを待った。
僕はどうしたらいいのだろう。君への気持ちを伝える勇気も諦める投げやりさもない。進むことも戻ることもできずにいる。抱き寄せられたのをいいことに、僕は君へともたれかかった。