「珍しいな」
「たまにはいいだろ」
自分でもそう思う。いつもは逐一こいつの一言に反発してしまうのに、そんな相手を自ら誘うなんてな。
きっと外が寒かったせいだ。
礼音くんじゃないけど、札幌ほどではなくても冬の寒さは沁みるもんだなって、上京してきて思った。
テーブルを挟んで向かいに腰を降ろすと、2人分のホットワインから漂うスパイスの効いた甘い香りが広い室内をすっかり満たしていた。
「どうせまだ寝ないんだろ」
「ああ、詰めておきたい事が何件かあってな」
「あー、今度のライブの事とか?」
俺の問い掛けに耳を傾けつつ、ガラスマグの取っ手に手をかけ持ち上げるゆったりとした一連の仕草には、若干疲労の色が見えた気がした。
小さな頷きと共に伏せた瞼からまつ毛が影を作る。湯気立つ水面にふぅ、と息を吹きかけては1口啜る相手の反応を窺った。
「…ん、美味いな」
零れたのは、安堵したような声だった。無意識なのか否か、思いの外素直な感想が返ってきた事には少し驚いたが、それに悪い気はせず自分の口元が緩むのがわかった。
この反応が見られた事だけでも今日の大きな収穫だと言えるかもしれない。…と言うより、きっと、俺も安心したんだ。
別に心配してた訳じゃないけど、最近ますます根を詰めている気はしていた。
頭は回るくせに、人にはあれこれ指摘してくる割りには全く自分の事は二の次なんだよな…何度言っても伝わりそうにないけど。そういうところ、本当に腹が立つんだけどさ。
ちびちびと口を付ける姿を暫く眺めていると、微かに曇るレンズ越しに視線が交わった。
「なんだ?」
「べっつにー。お気に召したようで何よりですよ」
訳が分からない、と言わんばかりに首を傾げる姿がなんだか愉快で、その表情を肴にして啜った1口は今まで飲んだどのカクテルよりも甘く感じた。
その顔に免じて今日は大目に見てやるか。
たまには、こんな夜を過ごすのも悪くないかもしれないな。