「やたら食いついてきたな」
「何が?」
「俺を買うだの売るだの、客席からのレスポンス」
「あー」
一人一部屋割り振られている深幸の部屋で、来訪するなり「お疲れ様」に続く賢汰の言葉がこれだ。
声出しも解禁という事で、せっかくのMCの時間を盛り上げようと積極的に拾い上げた話題ではあるが、本人から指摘を受け、冷静になってみれば確かに少し食い気味だった気はしなくもない。
「まあ、あれはグッズやその類いの事だろうけどな。そのまま受け取ったのでは面白みがないだろ」
「確かにウケてたけど…てか、面白いとかそんなん考えてたのかよ」
真顔で反応していたステージでの姿を思い返し、深幸は思わず鼻で笑いながら肩を竦める。
その様子を見て賢汰は可笑しそうに口元を緩め、ベッド脇へと腰を下ろし、ぽす、とシーツを手のひらで叩いた。
促されている事を深幸も理解しつつ、横目に様子を伺いながら備え付けの冷蔵庫から缶入りのサワーを2本取り出す。
冷えた缶は、湿度に応じてじわじわと汗をかいていく。
「ん、これもささやかな打ち上げだろ」
片方を賢汰へと差し出し、言葉に納得したのか素直に受け取る賢汰に深幸はふっと笑い、残った1本のタブへ指をかけるなりプシュッと音を立てた。
そのまま賢汰の隣へと改めて腰を下ろし、グイッと1口流し込む。ライブ後の心地よい疲労感に炭酸と甘さとアルコールが流れ込んでくる爽快感に思わず声が出た。
「ふ、オッサンみたいだな」
「いやいや、こんくらい誰でも出るって」
くつくつと笑いながら缶の口を開ける賢汰は見るからに上機嫌で、1口2口と喉を鳴らしなかなかの勢いで飲み始める姿に深幸はぎょっとし、制止の意味を込めて賢汰の膝へ手を置いた。
その手に気付くなり賢汰はぴたりと飲むのを止め、口を離す様子に深幸もほっと肩を撫で下ろした。
そんな深幸の気持ちもつゆ知らず、手と顔を見比べながら賢汰の方からじりじりと距離を詰めてくる。
合わせてじっと顔を覗き込んでくる賢汰の目があまりに真っ直ぐで、紛らわすべく泳がせる事も出来ず、縫い付けられているのではと錯覚さえ覚えた。
「売ってたら買うつもりだったのか?」
「えっ…?」
「さっきの話の続きだ」
「えーっと、買って欲しいわけ?」
膝に置いた手には賢汰の手が被さり、こちらはこちらでまた逃げる事が出来ない。
代わりに言葉で逃げ道を作ろうとする深幸に賢汰は目を細め、お互いの視界の端で飲みかけの缶を差し出した。
コツン、とアルミの軽い音を立てると、続けて互いの唇が重なる。反射的に一瞬息を止めると、微かなアルコールの香りが鼻へと突き抜けていき、重なっていた手同士の指を絡ませながら、どちらともなくちゅっと濡れた音を立てて唇を啄んだ。
「まあ、ライセンスの許可が出たとして売らせないけどな」
「そうなのか?」
「いや、そこで意外そうな顔すんなよ」
口付けよりも深幸の言葉に目を丸くする賢汰の反応に深幸は苦笑いを浮かべながら、飲みかけの缶から1口2口と飲み足していく。
「お前は、俺“たち”のリーダーだからな」
ますます言葉の意図を汲み取れず、賢汰の眉間にシワが刻まれていく。
それを解すように深幸は額へ口付けたが、そもそもの意思疎通も出来ていない為「そうじゃない」と文句でも言いたそうな賢汰の目付きを肴に、また1口サワーを流し込む。
と、賢汰は繋がれたままの手を引き寄せると、零れそうになる傾いた缶へ意識を向けたままの深幸へ再度口付けた。
液体を飲み込み切れていない塞がれた唇を舌でこじ開けてくるものだから、思わず迎え入れると舌同士が擦れ、深幸は応えるように絡ませる。
溢れた液体は口端から顎へと伝っていくが、構わず追い、追いかける。
ひとしきり味わいゆっくりと唇が離れていくと、互いの熱で蕩けた眼差しを絡ませた。
「それに、お前とこういう事すんのは、今は俺だけでいいだろ?」
「まぁ…そうだな、それなら」
口をつぐんだかと思えば、深幸の濡れた口元をぺろりと舐めて挑発的に口端を釣り上げた。
「今日は体で払ってもらうとするか」
「いいのか?今夜寝かせないよ?」
「もとより、そのつもりだ」