血を啜りて花の咲く 桜が咲いている。
草木も眠る丑三つ時、桜の下で花見を楽しんでいた人々の姿は既になく、静寂が夜を支配している。
喧騒を忘れた公園はまるで人を拒絶するかのように沈黙しており、錆びた街灯の光は闇を払うにはあまりに弱い。
今を限りと咲き誇る桜は夜の闇に仄白く浮かび上がり、冬の鋭さを失った風が枝を揺らすたび、はらはらと花びらが降る。雪のように、散りゆく魂のように。
見慣れた景色のはずなのに、まるで知らない世界に迷い込んだみたいだ、と蒼真は一人桜を見上げた。淡い花の塊が幾重にも連なって現実を覆い隠す。異界に踏み込んだことはあるけれど、こんな美しい場所は知らない。
我知らず感嘆の息を吐いて、ふらふらと桜に招き寄せられるように近付いてベンチに腰掛ける。見上げれば視界いっぱいの、花の天井。
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