「幸せの泥濘」第五話そして物語は動きだす。なんの変哲もない朝、運命の歯車は回り始めたのだ。セルも女も、それに気づくことはなかったが。
「今日はイーストンに行くぞ」
身支度を整えたセルが、鏡越しに女に声をかける。女はきょとんとした顔で首をかしげた。
「イーストンってあの名門魔法学校ですか?」
「ああ、そうだ」
セルが行先を告げるのは珍しいことで、女もなにかあるのかと訝しんでいる様子だった。
「お前も来るんだよ」
「えっ、私も行くんですか?」
普段はずっと家で家事をしているか、出かけると言えば日常の買い物だけの女だ。気分転換に出かけ先を作ってやるのもいいだろう。それに。
「イーストンに通うアベルという生徒に探し物をさせているんだ。お前にはその進捗の伝達係をさせる。いいな?」
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