「湖」「砂時計」「壊れた剣」 昔々、まだ海が世界の境だった頃。世界の表と裏が容易く繋がり、国が一夜で滅びた頃。
木々が青々と茂り獣たちがひっそりに暮らす山の奥に、澄んだ静かな湖がありました。
その湖に、魚は住んでいませんでした。藻は一欠片もなく、湧く虫もなく、近寄る獣がいないどころか、降る雨も吹く風も水面を避けるせいで波一つ立たない、そんな湖でした。
何しろとても澄んでいるものですから、湖の底まで見通せるはずなのですが、いくら覗き込んでも果てはなく、いつしかそこは「空の穴」と呼ばれるようになりました。
さて、獣も虫も雨も風さえ寄り付かない場所に近づくのは人間だけです。さすがに気軽に立ち寄れはしませんが、世界で最も清らかに星空を映す湖は、旅人のひそかな憧れの地でした。
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