剣は楽の音と周子舒は、武人である。
武芸の腕を磨くことには余念なく、遊びたい盛りの年頃でも師父に呆れられるほどの熱心さだった。
とは言え、丸きり他が駄目ということもない。貴人たちの前ではそれなりに振る舞うことは出来た。
ただ、どれほど美しい舞であろうと音楽であろうと、剣より興味を惹くものがない。それ故気の利いた美辞麗句を並べることも出来ず、愛想笑いを浮かべるしかなかったのだが、そんな様子がむしろ控えめで品位があると感じられるようで、一部の楽人からは声を掛けられることもあった。
まだ少年の頃、退屈な宴をようやく終えたと思ったのにこれ以上澄まし顔も保たないと、どうにか逃げだそうと理由を考える子舒に助け船を出したのは決まって従兄弟である現在の晋王だった。
「見事な演奏を労おう」
酒を用意したと言って、早々に彼らを控え室に押し返す。そうしてその姿が消えるとそれまでにこやかだった表情が一変して不機嫌なものになるのだ。
「私がまだ子どもで、至らぬせいでしょう」
実際音楽に対して造詣が深い訳でもない子どもが宴席にいるのはきっと相応しくない。そのせいで、興味本位に話しかけられるのだ、従兄上が余計な面倒を見なくてはならないのだと子舒は頭を垂れた。
「そなたに非などない」
やはり不機嫌な声でそう言うと、晋王は手合わせでもしようと中庭に連れ出してくれたものだった。
「そなたの剣は、楽の音のようだな」
「私にはわかりません」
「研ぎ澄まされ無駄のない、そなた自身の潔さに似ている」
「そうでしょうか。私はまだ、そのような」
「確かにまだ幼い。だが、いずれそうなる」
その言葉は、武芸の道を進む子舒の望む言葉でもあった。
「あの者たちはわかっていないのだ。そなたがただ美しいだけの子どもなどではないと」
「従兄上、子舒が何かお心を煩わせることをしたのであれば、教えてください」
「煩わしいのは……、そうだな。ああ、そうか」
時折気性の激しさを見せる晋王を、真っ直ぐ見返せる人間が何人いただろう。
苛立ちを含んだその視線を、けれど子舒は恐ろしいと思ったことはなかった。その奥に必ず自分への信頼や愛情があった、と感じるのは思い上がりだろうか。
「そなたのせいだ、確かにな」
そう言いながら、解を得たどこかすっきりとした表情で後の晋王は笑ったのだ。
それから、ますます武芸の修練に励む子舒には舞や音楽は縁遠くなっていったけれど、自分の剣が楽の音のようだという言葉は少し、わかるようになった。
自分は武人であり、楽人ではない。
けれど美しい音楽のように、それが彼の人の心に留まるのなら。
まだ、子舒は信じていた。
その道の先が分たれることはないと。