日の出前「はい、徐庶殿の負けだから脱いで」
「ええっ、もう上は脱ぐものが……」
あいつらはずっと、何をやっているんだ。
画面からの除夜の鐘を聞きながら皆で呑み明かし、突発で始まる野球拳の結果徐庶の服を剥き続ける馬岱殿を壁に凭れ眺め夜は更け行く。思い付く言葉とは裏腹に口元が緩むのに呆れ、ふと隣に視線を移せばそのまま身動きを忘れてしまう。
先程まで聞こえた大音量の会話は影を潜め、二人の方向へと柔らかく煌めいた黄金の瞳。
思い起こせば出逢った頃から、馬超殿には普段の行動からは想像出来ない一面があった。学生時代は文化祭、皆で行った成人式も。周りが騒ぎ始めると輪の中を抜け、最初から隅に居る俺の横へ来て静かに様子を眺めていた。俺もまた、常に疑問を抱きながらも。
「どうした、法正殿」
気になり視線を向け、優しく揺れた瞳が合わさった瞬間に見蕩れてしまう。仲間だ正義だと力説する癖に、猪突猛進に駆け続ける筈なのに。
「……いえ、貴方は……良いんですか」
頬が染まるのを誤魔化す様に、再び服を掴み合う二人に視線を移しながら答えた。
「ああ……馬岱も、徐庶殿も楽しそうだ」
何の躊躇いも無く、真っ直ぐ口にする。
「あいつがあれ程嬉しそうなのは、初めて見る」
従兄弟への眼差しは、温かな慈愛に満ちていた。自らの意志に正直で、否応に貫こうとするのも。ただ家族や周りの人間が、幸福な姿を眺めたいからとは。
「ふ……つくづく、馬超殿ですね」
此方も、笑うしかない。本気で綺麗事に生きている、お人好しめ。
「……それに、これ以上の幸福も無い」
「何がです」
多少馬鹿にして呟いた筈だが、返って来たのは眩む程の笑みで。
「今もまた、法正殿と共に眺めていることだ」
幾ら隅に逃げても、隣に来るのはそういうことですか。他の人間で飽き足らず、俺みたいな者を選ぶ愚かさには呆れるしかないのに。心音が、強く跳ねる。隣に居てくれるなら、それだけで。
全身を煮え滾らせる様な歓喜が、沸々と込み上げてくるのを堪え。
「……今年も宜しくお願いします、馬超殿」
素直に告げるのは流石に憚られ、先程迎えた新年の挨拶に変える。
「……うむ、宜しく頼む」
笑みを浮かべながら応えるのを横目に、互いに残ったコップの酒を減らしていく。同じ目線にくだらない酔っ払いが居る景色は何故か一層輝き始め、触れ合う肩からの体温に瞼も重くなる。
談笑の場からは離れ、片隅に居たかったのは。悪党に相応しく無い、綺麗事と捨ててしまいたかった感情が蘇ってしまう。
俺も、貴方と同じですよ。飲み込んだ言葉ごと多幸感に包まれ、心地好い感覚を胸に眼を閉じた。
「若が寝るなんて、珍しい」
「俺も……法正殿のこんな姿は初めて見たよ」
部屋の隅で肩を寄せ合い、静かな寝息を立てる二人を発見し此方も笑みが溢れてしまう。
「日が昇るまで、このままにしておこうか」
「……うん」
窓辺を覗けば、暁が滲み始める。また新たな夜明けを迎えようとしても、胸には不安を通り越して希望が灯っていく。若もきっと、そうなんだろう。
何だかとても嬉しくて、このまま寝顔をずっと眺めていたかった。
「……ええと、馬岱殿……俺はもう、服着て良いかい……?」