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    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

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    かがみのせなか

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    令和悪魔くん。3️⃣と🚥さん。
    真吾さんが夕食を作ろうとして阻止されます。
    なんかいつもご飯絡みのシーン書いている気がする。

    #令和悪魔くん

    ビー玉 夕食に誘われていた日の夕方、メフィスト家に訪れるとやつれた顔のメフィスト二世が出迎えた。
    「納期明日なのに急な改修が入っちゃって…後もう少しで終わるんだけど、ご飯何の用意もできてないんだ。」
    「その顔は徹夜だね…」
     二世は後頭部を撫でながら、その定義変更で今揉めてるから仕方なく両方作ってるんだとボヤく。
    「折角来てくれたのに、ごめんね真吾君。」
     真吾はしょうがないねと頷くと杖を振り魔門を開こうとしたが、思い直して振り返った。徹夜の仕事を終えたその後から料理をするは大変だろうと思ったのだ。
    「いつもご馳走されているばかりだから、たまには僕が用意するよ。簡単な物しか作れないけど。」
    「カレーの気分じゃないんだなぁ。」
    「君も忘れないね…」
     カレーじゃないよ、と言って真吾はリビングへ入った。
     マントを脱ぐと椅子の背に掛け、キッチンへ向かう。
    「冷蔵庫の中を見てもいいかい?」
    「いいけど…」
     何があるのか確かめている真吾に、本当に何か作る気なんだと二世は心配になる。一応、一郎をあそこまですくすくと高身長に育てたのだし、ホットケーキは上手に焼くので、そこそこ料理は出来るのだろうが、激辛カレーの強烈な記憶がどうしても振り払えない。
    「真吾君、ホントに簡単な物でいいよ…素麺とか…」
     その時玄関のドアが開く音がして、ただいまと言う元気な声が聞こえてきた。
     ナイスタイミング我が息子、と二世は心の中でガッツポーズを取る。
    「あれ、伯父さんどうしたの?」
     冷蔵庫を漁る真吾に気付き寄ってくる三世に、真吾は顔を上げるとにっこり笑う。
    「おかえり三世君。今日は僕がご飯を作るよ。」
    「え?伯父さん料理出来るんですか?」
    「二人共失礼だな。」
     真吾は頬を軽く膨らませる。
    「三世、真吾君と何か食べたいもの買っておいで。ついでにトイレットペーパーも頼むよ。ご飯は炊いておくから。」
     三世は頷くと服を着替えに部屋に急いだ。
     

     帰宅する社会人や学生で人の多い道を仲良く並んで歩く。赤く染まり始めた空にオレンジ色の街灯がポツポツと灯っていく。夏の夕暮れは空の蓋が外されて何処までも行けるような、他のどの季節にもない特別な開放感がある。
     歩行者用信号が点滅を始め二人は立ち止まった。だいぶ軽くはなったものの、昼間の熱気が残る動かない空気に、三世はパタパタと手で顔を扇いだ。交差点を通り過ぎる車を見送りながら、三世は真吾に話しかけようと振り向いたが、隣にあるはずの姿が消えていた。
    「あれ?伯父さん?」
     真吾は来た道を引き返していた。少し離れた所で不意に立ち止まって、勢いよく伸びたネコジャラシの奥を屈んで覗き込んだかと思うと、ポケットから綿のハンカチを出しながらその場にしゃがんだ。雑草の奥に手を突っ込んで何かを拾い、ハンカチに包んだ。見ている三世に気付くとニコニコとして戻って来る。
    「どうしたんですか?」
    「これを見つけたんだよ。」
     真吾は三世にハンカチを開いて包んだ物を見せた。薄い青緑色の大きなビー玉が二つ転がった。
    「ビー玉…にしては大きいですね。」
    「昔は駄菓子屋さんとかで色んな形や大きさのビー玉が売っていたけど、今はもうすっかり見なくなったね。」
     真吾はひとつを摘んで日に翳し、懐かしそうに目を細める。伯父も子供の頃はビー玉を集めて遊んでいたのだろうか。
     大きなビー玉は珍しいがわざわざ拾うような物ではない。三世が何でだろうと思っているのを察したのか、真吾は独り言のように言った。
    「何となく気になってね…」


     冷房がキンキンに効いているスーパーの中も、夕食の買い物客で混んでいた。
     どうしようねと相談しながら二人は買い物籠の中にキュウリやマグロや豆苗を次々に入れていく。最後に三世がトイレットペーパーを抱えると、セルフレジ待ちの長い列に並んだ。
     チラシがあちこちに貼り付けられた窓の向こうの空を見遣ると、さっきまで見なかった黒い雲が立ち込めていた。夏の天気は変わりやすくて油断できない。これは急がないと降られることになりそうだ。
     手早く会計を済ませ外に出ると、すっかり暗くなった空の奥で雷が光った。
    「大丈夫かなぁ」
     不安そうに空を見上げる三世に、真吾は急ごうと声を掛ける。
     空模様など気にした様子もなく歩く人達を不思議に思いながら、二人は早足で帰路を急いだ。
     努力も虚しく、後もう少しで家に着くという所でついに大粒の雨粒が落ち始め、あっという間にそれは本降りになった。二人は慌てて丁度通りかかったコンビニの軒下に駆け込む。それを見届けたかのように雨は急激に勢いを増し、滝のような雨で一気に視界が白くなった。
    「危なかったですね。」
    「コンビニがあって助かったね。トイレットペーパーの危機だった。」
    「すぐに止むといいんですけど…」
    「せめて勢いが落ち着いてくれたらねぇ。」
     雨が止むまでずっと軒下を借りているだけなのも気が引けるので、二人は店内に入った。
     ペットボトルの冷蔵庫の前で何かを見付けたらしい三世が真吾を呼ぶ。行ってみると、ペットボトルの間に、金魚の絵が書かれた三色のラムネが並んでいた。
    「伯父さんもどうですか?」
     すでに青いラムネを手に持っている三世に笑いながら、真吾は緑のラムネを選んだ。
    「夏はやっぱり飲みたくなるよね。」
    「味違うんですかね?」
     コンビニの前に置かれたベンチに並んで座ると、二人は慣れた手つきでラムネのビー玉をポンと落とした。炭酸のはじける音と爽やかな香りが広がる。ラムネを交換して飲み比べてみるが、色が違うだけで味は同じだと云うことが分かり、二人は残念がって笑った。
     白く煙る雨の向こうに雷光が絶え間なく走る。強い風は冷たく、気温をぐんぐん下げていた。今夜は涼しく眠れるかもしれない。
     二人はあっという間にラムネを飲み終えてしまうと、青い飲み口を捻ってビー玉を取り出した。ラムネを飲んだからにはビー玉は取らないとつまらない。真吾は青みがかった透明のビー玉を手に乗せて転がした。表面を光が滑る。
     数十センチ先は川の様になっている地面を見詰め、真吾はどうしようかなと胸の内で呟いた。そろそろ食材の状態が心配になってきたが、雨は当分弱まりそうになかった。豪雨の中を歩く覚悟を決める頃合いかも知れない。
     不意の気配にハッとする。視界の中にクマの絵柄が入った水色の長靴があった。真吾は顔を上げる。いつから居たのだろうか、目の前に黄色い傘がこちらを向いて立っていた。雨を受けて傘がバタバタと激しい音を立てている。傘に隠れて顔が見えないが、幼稚園くらいの男の子だろうか。
     真吾の反応で三世も初めて気が付いたようで、黄色い傘と真吾を見比べている。
     真吾が口を開きかけた時、黄色い傘の子が先に話しかけてきた。
    「ねぇ、交換しようよ。」
     カサリと音がしてそちらを見ると、色とりどりのビー玉がいっぱいに入った透明なビニール袋を左手に下げていた。
    「僕のと交換しよう?」
     可愛い声に三世は頬を緩ませる。
     きっと真吾の持つビー玉と袋の中のビー玉を交換したいのだ、と三世は思った。
    「伯父さん、俺のもあげていいですよ。」
     三世はビー玉を真吾に差し出す。真吾は三世ににっこり笑うがそれを受け取らず、ポケットを探った。
    「君が必要なのはこっちだろう。」
     真吾はハンカチの包みを両手に持ち、男の子に差し出した。
     三世は息を呑む。
     めくれたハンカチの上に乗っていたのはビー玉ではなかった。コロリと転がったそれと目が合い、三世は戦慄した。
     ハンカチが血で染まっている。
     黄色い傘の陰からふっくらした小さな手が伸びると、それをギュッと握った。
    「あった!」
     黄色い傘の向こうで嬉しそうな声が弾けた。男の子は何度も歓声を上げると、左手のビニール袋を真吾に差し出す。
    「僕ね、ずっとずっと探してたの。おじさんありがとう!これあげる!」
    「見付かって良かったね。お母さんが待ってるよ。」
     ありがとうとビニール袋を受け取ると真吾は微笑んだ。
     男の子はクルリと振り返ると、雨の飛沫の中に消えた。元気よく走っていく足音がだんだん遠ざかって行く。
     真吾は隣で固まって動けない三世の顔を心配して覗き込んだ。
    「大丈夫かい?」
     青い顔をした三世は真吾の顔を見ると、黙って頷いた。
     急に雨脚が弱まり、重い雲で覆われていた空が急速に明るくなっていく。割れた雲間に差し込んだ真夏の強い夕陽が、まだ降り残る雨粒をキラキラと輝かせた。雨上がりを待ち切れないように蝉が一斉に鳴き始めた。
    「もうすぐ止みそうだね。」
     三世の背中を擦ってそう呟く真吾の穏やかな眼差しに、三世はやっと気持ちを落ち着かせる。
     思い返せば不自然な事ばかりだった。伯父はどの段階で気付いていたのだろう。真吾はビニール袋を顔の高さまで持ち上げると、カラフルなビー玉を眺めた。
    「それ怖いんですけど大丈夫なんですか?」
    「大丈夫だよ。お礼だからね。」
    「あの子交換って言ってましたけど…もし応じたらどうなってたんですかね。」
    「うーん、あの子に人を害する意思は感じなかったけど、ちょっと危なかったかもね。」
     ビー玉と一緒に目を取られていたかも知れないと苦笑する真吾に、三世はマジかと小さく呟く。
    「研究所にもこんな話来なかったし、噂でも聞いたことないですけど…ビー玉を持った人がターゲットってことですかね。目的はうう…目…玉…なんだから、誰でも良さそうなもんですけど。」
    「どうだろうね…ビー玉が目印なのではなくて、ビー玉と眼球は同じ物として認識していたのかもね。あの子は目が見えなかったろうから、大きさと形が頼りだった。そして幼い子供だもの、眼球の大きさなんて知らないから、小さいビー玉も対象だった。」
     なるほど、と三世は頷いた。
    「ビー玉が二つあったからか来たのか。手当たり次第って事なら尚更、これまで被害がなかったとは思えないんですけどね。少なくともこのビー玉の数は遭遇した人が居るってことだろうし。」
    「確かに不思議だね。あの子は随分長い年月を探していたと思うんだ、だから遭遇した人は少なくない筈なんだけどね。少しでも被害があれば噂になるだろうし、怪談は時代を超えて長く残るし。」
    「え?時代を超えて?」
    「僕が子供の頃、あの交差点で痛ましい事故があったんだ。きっとその男の子だと思う。」
     どんな事故だったのかと訊こうとして、言葉を三世はぐっと呑み込んだ。あの子が探していた物を考えれば想像が付く。
    「伯父さんはあの子の事知ってたんですか?その…アレを拾ったのも分かっていたから?」
    「知っていた…うーん、知っていたと言えるのは事故の事だけだね。ビー玉を拾った時は事故との関連すら分かっていなかったよ。あの子を知っていたらきっと眼球に見えていたんだろうと思う。」
    「じゃあ、あの時は何となくで拾ったんですか。」
    「何か曰くがあるなぁと思ってね。僕もあの子に会って初めて拾った物が何か判ったんだ。」
     三世は呆れて伯父の顔を見る。なんて怖い人だ。
    「もうちょっと自分を大切にしてくださいよ…」
     誤魔化して笑う真吾に三世は首を振って溜息を吐く。
    「と云うことは、伯父さんにもあの子は見えてなかったって事ですか。」
     真吾は頷く。
    「あの子はきっといつもあの場所に居なかったんだろう。残り香の様な物は感じていたけれど、それをどうすればいいのか僕には分からなかったし、あの子も僕に気付いていなかった。」
     気付かれないと気付けないんだよと真吾は微笑む。
     小雨になった空を見上げて、真吾はそろそろ行こうかと立ち上がった。三世は伸びをして買い物袋を肩に掛けた。
    「お刺身大丈夫かな…」
    「帰ったらお父さんにチェックして貰おうね。」
     魚なしの手巻き寿司は悲しすぎる。真吾がトイレットペーパーを雨から庇うように抱えると、二人は軒下から出た。遠くの雲の切れ間に星が見えている。父は帰りが遅くてきっと心配しているだろう。
     しつこく残る雨に髪を湿らせながら二人は水溜りを器用に避けて早足で歩く。三世はひたすら脚を動かしながら男の子の事を想った。
     あんな幼い子が必死に探していた目玉を気味悪がったりするなんて、俺は。
    「ねぇ伯父さん。ビー玉、会った人みんな、あの子にあげたんじゃないですかね。交換だったらそんなにたくさん残らないと思うんです。だから被害がなかった。幼い子供が欲しがったからあげた、ただそれだけの事だったから、噂にもならなかった…。そんな事あるわけ無いって分かってはいるんですけど…でも…」
    「みんなあの子に優しかった。僕も、そうだったらいいと心から思うよ。」
     男の子の喜んではしゃぐ声が耳に残っている。
     伯父が見付けてくれて良かった。本当に良かった。
    「あの子、家に帰れたかな。」
    「もうあの子はもう帰り道が見えるからね、大丈夫。」
    「お父さんとお母さんに会えましたよね。」
    「きっと会えたよ。」
     伯父はそうはっきり言い切ると優しく笑った。ホッとすると視界が滲んだ。伯父がそう言うから、きっと大丈夫だ。
     いつの間にか雨はすっかり上がっていた。雲が晴れ澄み切った空には月が道標のように明るく、涼しい風が通り抜ける。高く遠く何処までも行けるような、夏の夜だ。


                   二〇二四年八月七日 かがみのせなか

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