愛に溺れよ 夜毎暁人の耳元で愛を囁く。目を合わせ、手を握り、どこにも逃げられないように、KK以外目に入らないようにして。好きだ、オマエが大切だ、愛してる、絶対離さない――と。
KKとて若い頃ならいざ知らず、この歳になってそんなことをするとは思っていなかった。だが魂を繋げ、重なり合い、他人に見せられはしない弱みまで見せ合った最大の理解者にして片割れを、つまらないプライドで失うことだけは絶対に嫌だった。
暁人は穏やかそうに見えて頑固で意地っ張りな、そして諦めることが異常にうまい子供だ。二十歳そこそこで肉親全てをなくした青年は、孤独に怯えているくせに人から距離をとり、愛に飢えてるくせに自分がそれを手に入れられると思っていないようだった。もしかしたら手に入れてはいけないと思っていたのかもしれない。
長い一夜の果てに戻ってきたKKを、暁人は最初拒絶した。いや、本人には拒絶した自覚すらないだろう。二身に別れた――元に戻った相棒との再会に、暁人は喜びつつも以前のように隣に立とうとしなかった。一歩離れて、他人のように微笑んで、ただ祝福した。
――良かったね、これで心配せずに家族に会えるね、幸せになって。
暁人の想像するKKの幸せに、青年自身の姿はなかった。
――僕? 僕は大丈夫だよ。麻里も無事見送ったし、また普通に大学に通って、就職する。それで、一生懸命生きてくよ。約束だから。
そう言ってそのままKKの人生からフェードアウトしようとしていることにKKはすぐに感づいた。それは長年刑事をしていて培われた勘だったかもしれないし、未だうっすらと混じり合う魂が告げた警告だったのかもしれない。
どちらにしてもやることは一つだった。
腕を引けば簡単に傾いた自分より少し薄い体を抱き込んで、驚きに目を見開いた顔を確認したらそのまま形のいい唇に己のそれを重ね合わせた。舌をつっこんで思い知らせてやりたい衝動をどうにかやり過ごすと唇を離し、至近距離からねめつけるように瞳の奥まで覗き込む。
呆気にとられていた青年は、一瞬の間をおいて真っ赤になった。そのまま「は? え? な、なんで。いま、何?!」と形になってるようでならない言葉を吐き出す。
わかっていたことだがそこに嫌悪はない。KKと同じ熱があるかまではわからなかったが、押すのは今だという確信はあった。
「逃げんな暁人。――オレにはオマエが必要なんだよ」
「へ、ぇ……?」
雨の夜に真っ直ぐ前を見据えていた榛色の瞳が、揺れる感情にあわせて潤む。
「離れるなんて、出来ねえんだってわかれよ」
額と額をくっつけて祈るように囁けば、小さな声で「いいの?」と返ってきた。それにとりあえずは失わずにすんだかと、大きくため息をついたのが、二人の二度目の始まりの記憶だ。
それから丸め込むようにして同棲へと持ち込んだ。だいぶん強引な手段も使った気もするが、必死だったのだから許してもらいたい。
だいたい暁人は自己肯定感が低い。KKが自分の側にいるのは何かの間違いで、いつかその間違いが正されるだろうと思っているふしがあった。
だからKKはなるべく言葉を伝えた。言葉は言霊で、言霊は呪いだ。繰り返し繰り返し、染み込ませるように、縛り付けるように愛を繰り返す。
ようやくだ。ようやく最近、暁人はそれに微笑むようになった。当初は恥ずかしがるふりをして逃げようとしていたのは怖がっていたのだとわかっている。KKではなく自分を信じられなくて、言葉を受け取るのを避けようとしていた。
それを許さず、ひたすらに愛を注ぎ込んだ。花がほころぶように同じ言葉を返された日の充足感は、何にも代え難い喜びだった。
――時たま、これは愛なのか? と問う誰かがいる。こんな執着を愛と呼んでいいのかと。それでも他に呼び名をしらないし、暁人を今更手放せるはずもない。
「愛してる」
今日も今日とて溺れさせるがごとく言葉を降らせるKKに、暁人は幸せそうに頬をゆるめる。
「僕も」
額に、頬に、唇に口づけて、その存在を確かめた。くすぐったい、とくふくふ笑う子供はKKだけのものだった。
いつか二人で、この愛に溺れて死ぬのかもしれない。それならそれでいいと、共に地獄で果てるのだとKKはうっそりと笑った。