未来で待ってる話――夢を見た。
目の前には野原が広がり、川が流れている。
そこには少年が一人いて、きゅうりを片手に何かを探しているようだった。出会ったことがないはずなのにその少年には見覚えがあるような気がして、夢の中の暁人は少年に声をかける。
「名前、聞いてもいい?」
「 」
何故か、少年から発せられた言葉を認識することが出来ない。もう一度尋ねようとしたところで、夢から覚醒してしまった。夢から覚めた暁人の右手は天井に向けて伸ばされ、その瞳からは自然と涙が零れ落ちる。
「あれ……?」
あの夜を共にし、あの夜に別れた相棒の姿が頭を過ぎった。
夢で見た光景には見覚えがあった。あの夜、河童の気配を追いかけて井戸の中に入った時の、あの光景とそっくりだった。夕刻頃、井戸があった場所に向かったものの、立ち入り禁止の札と蓋がされていて入ることが出来ず夢で見た少年に会うことは出来なかった。
「あの男の子……なんとなく、KKに似ているような……」
当たり前だが幼少期の彼を見たことは無い、正直なところほとんど自身の体に宿っていた男の顔や姿をじっくり見た事もなかった。それでも、あの少年はきっとKKだろうという確信がどこかにあった。
あの夜、巡り歩いた場所を訪れ何か痕跡がないか探す。が、不思議なことに何も残されていなかった。まるで何も無かったかのように。暁人はあの少年を見かけた場所を探しつつ、彼との痕跡を、相棒が成し遂げた痕跡を辿っていく。
――その日の夜。また、あの夢を見た。
夢だと言うのに、不思議と意識がはっきりしている。きゅうりを片手に持った少年は、また何かを探すように辺りを歩き回っていた。今のうちにと、今度は質問を変えて少年に話しかけた。
「何を、探しているの?」
すると、少年は暁人を警戒するように軽く睨みつける。暁人は少年に優しく微笑みかけながら手に持っているきゅうりを指差した。
「もしかして、河童を探してる?」
「なっ、なんで……」
「僕ね、妖怪が好きなんだ」
先程まで警戒していた少年の表情が一気に柔らかいものになり、少し興奮気味に少年は答えた。
「この川、河童が住んでるんだよっ」
「そうなんだね、僕も一緒に探してもいい?」
暁人の提案に、少年はようやく笑顔を見せた。
「こっち!」
少年が暁人の手を引いたところで、夢から覚めた。
それから、眠る度に同じ夢を見た。日に日に少年との距離が近づいている。今日は、少年が妖怪好きなこと、今は祖父と一緒に暮らしていること、色々と話すことが出来た。
「にいちゃんは何の妖怪が好きなんだ?」
「僕は……天狗かなぁ」
「そっか、天狗派なんだな。オレは河童が好き!」
未だにこの少年がKKの幼少期という確証は無い。だが少しだけ面影があるような、そんな気がした。
夢の中の少年と過ごす時間は長くなっていく。だがこれがいつまで続くかなど、暁人にはわからなかった。だからこそ急がなければと、この少年がいる場所を暁人は覚えておかなくてはいけないような気がしていた。
「にぃちゃんさ、都会の人間だろ?どんな所に住んでるんだ?」
「ビルがたくさん並んでいて、人も多くて……色んなお店がたくさんあるところかなぁ」
「じゃあ川や山はないんだな、妖怪いなさそう……」
「都会にもね、妖怪はいるんだよ」
「ほんとに?」
「うん、今度一緒に行ってみない?」
咄嗟に出た一言だった。
「にぃちゃん、悪い人間じゃなさそうだし……うん。一緒に行きたい」
少年の無邪気な笑顔と共に、夢から覚めた。
その日の夕方、間もなく日没を迎える頃に訪れた場所はKKと再会した広川神社だった。無意識に、足が勝手に向かっていた。ちょうど参拝客はいないようで、風で木々が揺れる音が心地よく響く。暁人は賽銭箱の前に立ち手を合わせた。
「…………もう一度、KKに会わせてください」
せめて、せめて少しだけでもいい、彼ともう一度話がしたい。二人で救った光景を見せたい。強く強く念じると、冷たい風が急に吹いて暁人の頬をかすめる。ふと、目を開けると目の前には――
夢で見た光景が拡がっていた。
草木の匂い、川の流れる音、木漏れ日。軽く頬をつねってみたが、現実のようだ。暁人はいつも少年がいる場所まで小走りで向かう。視界に少年の姿を捉えるより先に、少年が暁人に気がついた。
「あ、にぃちゃんだ!今日も来てくれたんだな!」
――あ、KKだ。
何故か不思議と確信した。この少年は、子供の頃のKKだ。
「今日こそ、河童を見つけてやるんだ!」
「うん、僕も手伝うよ」
二人は夢中になって河童を探し始めた。少年はきゅうりを片手にし無邪気に河原を裸足で駆けていく。暁人も服が濡れるのも構わず少年を追いかける。時間の流れが緩やかに感じるようだった。
「そうだ!今度の休み、都会に連れて行ってくれよ」
「いいよ。おじいさんにちゃんと話しておいてね」
「にぃちゃんが一緒ならいいってさ、妖怪好きに悪いヤツはいないからな」
指切りしよう、と少年が小指を差し出し暁人もそれに応える。
「はい、指切りげんまん」
――やがて夜が訪れ始める。それと同時に視界がぼんやりと歪んでいき意識が遠のきそうになる。
――あぁ、もう時間切れか。薄れゆく意識をどうにかして覚醒させて、子供の彼をしっかりと見つめた。
「未来で、待ってるから」
最後に見たのは「なんだよ、それ」と大人の彼の面影がある表情だった。
神社にいたはずなのに、目が覚めた時には自宅の寝室にいた。すぐにベッドから起き上がり、髪のセットもせず雑に上着を羽織って外へ飛び出す。夢で見たあの神社に、バイクに乗らずに走って向かう、ただ、我武者羅に。ちょうど、朝日が登り始めていた。
息を切らしながら再び神社へと向かう。日の出と共に照らされた先に、人影が見えた。
――いた。いなくなったはずの彼が、KKがそこにはいた。霊体ではなく、生きている人間そのものの姿で。
KKが暁人の方へ振り向き、煙草の煙をゆっくりと吐き出しながら笑みを浮かべた。
「よぉ、ただいま」
「…………おか、えり」
必死に息を整えて、泣きそうになるのをぐっと堪える。KKが暁人のほうへ歩み寄り、ため息混じりに呟いた。
「……夢の中で、とんだ無茶をしたみたいだな」
「無茶ってなんだよ、子供の頃のKKに会いに行ってただけだよ」
「一歩間違えたらオマエも黄泉の国に連れていかれていたんだぞ、ったく……もしオレが、ガキの頃に会ったオマエのことを忘れていたら成立しなかっただろうよ。忘れていたらどうするつもりだったんだ」
「……一度魂が繋がった相棒のことを、KKが忘れるわけないと思って」
「……はっ、相変わらず生意気だな、オマエは」
「ははっ……改めて、おかえりKK」
「……おう、ただいま暁人」
暁人は零れそうになる涙をなんとか堪えて、抱擁を交わした。
――それから、数日後。
「……で?なんでオレはオマエと一緒に暮らすことになったんだ?」
「仕方ないだろ、KKは色々と複雑な状況なんだから……それにほら、二人で住んだ方がなにかと安上がりだし」
再会したあと、ここで別れたら二度と会えないかもしれないと不安に思った暁人は、その足で「家を見に行こう」とKKと共に物件探しへ行動を移した。いっそのこと一緒に暮らしてしまえばいいと、我ながら思い切った行動に出たものだ。
「これからもよろしくね、KK」
「家事はオマエに任せた」
「ダメ、しっかり分担するから」
少しだけでいい、一度だけでもいい。そんな青年の願いはそのどちらでもなく、互いの生命尽きるまで。
未来で待ってた話。