※うっすらカラ銀爆破時空半同居さめしし 夏は暑い。それは当たり前の事だ。北海道も沖縄も等しく暑い。12月のオーストラリアも暑い。夏とは暑いから夏なので仕方がないが、それにしても残暑が酷い。毎年のように最高気温は更新される上に観測場所によっては40度を超える所もあり、はっきり言って地獄だ。熱中症で死ぬなというのも無理があるし、食中毒を出すなというのも厳しいかもしれない。
個人的には、私が子供の時分は度々起った「水温が低いので今日のプールは普通の体育になります」が少なくとも関東ではほぼないことだ。水着は毎年小さくなってるしラッシュガードも必要だしという兄貴の話の中にあった情報なので、まあ間違いはないだろう。この電話の時は、日焼け止めは念入りに塗るようにと言って終えたのだったか。
「……ハァ」
それにしても暑い。今はジャージにTシャツだが暑い。普段着も夏用のスーツに替えたとはいえ暑い。院内は空調が効いているが暑い。車から降りると湿度差で眼鏡がくもって不快。冬どうしても電車などの公共交通機関に乗らねばならない時よりもかなり不快であり、不愉快だ。眼鏡もこんな多湿な地域で使われてカワイソーになと叶が言っていた。知るかマヌケ、メンテナンスはきっちり行っている。
「…………ハァ」
「あのー……」
「何か?」
「草むしり、その、大丈夫ですよ。俺たちだけでなんとかなるんで。あと獅子神さんも料理しながらチラチラ見てるし」
「…………それはわかっている。どうせ職業柄代謝の悪い私が熱中症にならないか心配しているのだろう。水分や塩分、タオルや首にかける保冷剤まで渡しておいて」
「ええ、でも心配なんだと思いますよ」
そう言って眉尻を下げぎこちなく笑ったのは雑用係の一人、園田だった。顔にはわかりやすく「早く仲直りしてください」と書いてある。少し離れた場所でふてぶてしい根と戦っているもう一人の雑用係の顔にも同じことが書いてある。
わかっている。ただの意地の張り合いでこうなったことくらいはわかっているのだが。
「私が、夏バテを考慮した豚肉の冷しゃぶと野菜マシマシ餃子をあなた達の分まで食べてしまった事実は消えない」
昨晩の私はどうにかしていた。今日来る雑用係達の昼食用に分けられていた分まで平らげてしまうとは恐ろしい。そのせいで二人の昼食はトマトたっぷりの冷製パスタとサラダチキン入りのサラダになった。
理性を奪う、それが夏の暑さと辛さだ。私の愚行に課せられたペナルティーが、雑用係と同じ仕事をすることだった。
今のところ、掃除などではほぼ役に立っていないので――家事でいうところの掃除は苦手だ――この単純作業で挽回せねばならない。十七時少し前という時間は未だに陽も落ちきっておらず体に鞭打つような気分だが、どうにかこなさなければ。
「すまない。暑さでどうにかしていた。というのを早く獅子神に言えという顔だな」
「だって別に罰しようとか、本気で思ってないですよ」
「しかし私にも矜持がある。真経津達マヌケはともかく、あなた達は獅子神の選択した中であなた達も選択しここにいるのだからな。尊重したい」
「まあ自分が雇ってるヤツを蔑ろにされたら気分はよくないっすよね」
VIPみたいな人じゃないわけだし。と、そう言ったのはいつの間にか目の前に来ていた園田じゃない方だ。二人共、獅子神にはイカサマで負けた事を理解しているし、獅子神がまだ私に話せないような事をこの二人を含めた十数人にしていたことも理解している。だがオークションから生還を果たしたマヌケからよその話を聞くに「うちは天国みたいなもんだった」らしく、五体満足で買われて以降の身体の欠損及び栄養失調ならびに大病もないとすると、扱いのレベルは想像に難くない。内容すら、王冠と土下座動物剥製と銀行から買った奴隸という要素から察することができる。隠しても無駄だったが、無理に聞いたり推察を伝えることはしなかった。
それは私がしたくないからだった。
「私は、あなた達ごと獅子神を尊重したい」
「それ、本音っすか? 自分の恋人の周りに、まあ腕っぷしじゃ敵わないけど二人も男がいるのに」
「おい……」
「性別は関係ない。それと何かあったら相応の処置をとらせてもらう。しかしあなた達こそ獅子神を刺すような真似はしないだろ」
「そうですね」
「ハァ……。まあ俺も同じ気持ちですけどね」
二組の昏い目が私を検分する。私は常に光らせている方の目を閉じてそれに応じる。蝉の声が次第に遠くなっていく気がした。
……ところへ、ぱん!と乾いた音が鼓膜を揺らす。獅子神が手を鳴らしたのだった。
「おい、お前らいつまで睨みあってんだよ。蚊に食われるから今日はやめて、明日続きやれ。」
獅子神の号令めいた声かけに返事をした二人がパッパと片付けを済ませ、私が身につけている軍手やタオルや保冷剤、てこの原理で根っこをとる道具まで持って行ってしまう。
「シャワー浴びてからメシ食ってけよー!…………あー……と、村雨も職業体験終わり」
「職業体験」
獅子神が開けた玄関扉に吸い込まれた私は幾多の目に疑問符を浮かべる。
「ペナルティーでは?」
「は? 今日のじゃせいぜい職業体験体験だろうが。不向きな事させて喜ぶタチじゃねえんだよ。」
「ならばお手伝いレベルだろう。私は今日、ろくに働いていない」
お前もジョギングとかすればと言われ購入したが使っていなかったスニーカーを脱ぎ、廊下を先ゆく獅子神の背中に声をかける。行き先は獅子神が使っている風呂場だ。
「メシ食いすぎたのはもういいって」
「しかし」
「やめやめ。なんか珍しく気遣いしてるみたいだけどよ、真経津達と一緒にいる時みたいにデカい態度でいてくれよ。そうじゃねえとちょっと、調子狂う」
脱衣所に入った私達はしかし服を脱ぐわけでもなく、向かい合う。手持ち無沙汰にしている獅子神が右手の爪を意味もなく見ていた。少し古くなった傷はまだ薄くはなっていない。
「……私はあなたを尊重したいだけだ。あなたの雇っている人間も含めて。だがこれは私がやりたいだけなので、やるなと言われれば考える」
「やめるわけじゃねーのかよ」
「そういった部分を擦り合わせていくのがパートナーでは?」
「おっ!まえ、なぁ!」
「……あなた、まさかまだ慣れないのか? 体も重ねたというのに?」
「ヤったかどうかでは変わらねーよバカ! ろくにフツーの人付き合いしてねえんだから慣れないに決まってんだろ! ぱ、パートナーとか、恋とか、愛とか……」
尻すぼみになる声量に愛おしさを覚えた。私のような人間でも「人が変わった」ようになれるのかとしみじみしながら獅子神を可愛いと思う。
世界に散らばる愛や恋の事は知らない。誰がどうまぐわい、どう楽しんだり自傷行為のごとくしているかも理解はできない。だが、獅子神敬一を愛していることはわかる。
それだけは強く強く主張できる。
「獅子神、改めて申し訳なかった。今後は食べ尽くす事などしないと誓う。あなたの料理がとくに響きすぎて自制がきかなくなったら、その時は力ずくで止めてくれ」
「結局オレ任せなのか? つーかこの先歳くうわけだし、食事管理は嫌でもさせてもらうからな」
「…………わかった。ではシャワーを浴びさせてもらう」
既に慣れているタオルと着替えの配置に手を伸ばして浴室から出た後の準備を済ます。それから、ようやく話が終わったとほっとして脱衣所をでて行く獅子神を呼留た。
「あなた、先程のは言質を取った事になるからな」
「は? いいから湯船にもつかれよな。慣れない事してんだから」
「わかった」
わかっていない獅子神に聞き分けのいいふりをする私ははしたない人間だろうか?