第45回 寝顔授業の合間に入る命がけの任務。いつでも気を張っていなければいけない高専での日常でわずかでも気が緩むと眠気が来るようになってしまった。
担当の教員が任務に駆り出されて自習になってしまった時間。
自室で復習と予習を終わらせて、趣味である読書を読み始めた時。
最初の頃はこの眠気が煩わしく思っていたが、今は抗うこと無くわずかでも眠ったほうがその後の時間で頭の中がスッキリしていいと気づいてからは寝ることにしている。
その日も唯一の同級生が任務に向かった故に一人で自習することになり、プリントが終わって手持ち部沙汰になった途端に来た眠気に抗わずに瞼を閉じた。
瞼を開いて、電気を消した薄暗い天井が見えてきた時にこれは夢だと分かった。
そのまま隣に目線をずらして、視界に入る黒髪に夢の内容に思い当たるものを思い出す。
先輩に当たる夏油さんと五条さんが灰原の部屋に入ってきて、私と灰原が食べていたものを食べたいと騒ぐ五条さんに灰原が用意して、そのままカードゲームやDVD鑑賞になって大騒ぎになったんだった。
床には五条さんと夏油さんが寝転がり、自室に帰るにも足の踏み場もなくなった事に腹を立てていたら、灰原が一緒に寝ようとベッドを半分分けてくれた。
確かにその時に明け方ぐらいの時に目が覚めた記憶があるが、まさかその時のことを夢見ているのかと内心ため息がこぼれる。
身体をゆっくりと横向きになるように動かし、目の前にある黒髪の下へと視線を落とす。
いつもはやる気が満ち溢れている眉はゆるやかな山なりを作り、その下の大きな目は瞼の下に隠れている。
いつも笑みを浮かべて大きく開く口は僅かに隙間を開けて小さな寝息を零している。
狭いはずなのに、身体を小さく丸めて眠る姿はこちらの庇護欲を誘う。
コロコロ変わる顔もあどけない寝顔で隠されて、その小さく開かれている唇に口づけをしてしまいたいぐらいに愛らしい。
おかえりとただいまを互いに言える関係になった事で芽生えた恋心を育んでいる最中の私にとって、一番無防備であるこの寝顔が見れる事が至福だ。
「灰原、好きです」
誰もが眠りに入って、聞こえるのは時計の音と自分の囁く声。
その囁く声は今は伝えることはない愛の告白。
好きだ。灰原が、好きだ。
暖かい食事とともに私の帰りを待つ君が。
食事を共にする度に嬉しそうにしている君が。
これからも私だけにその姿を見せて欲しい。私だけにその優しさを向けて欲しい。
そのあどけない寝顔にそう願いながらまた瞼を閉じる。
私のこの想いに、気付いてくれ。そう願いながら夢の中でも眠りについた。
「七海!!なーなーみー!!」
「・・・・・んぁ、はいばら・・・?」
誰かに呼ばれて身体を揺さぶられて意識が戻った時、目の前に任務に行っていたはずの灰原が覗き込んでいた。
半日、下手すれば1日は帰ってこれないと言っていたのに、いつの間に戻ってきていたのだろうか。
「もう夕方だよ?ぐっすり寝てるから先生たちがそのままにしてるから起こしてやれって戻ってきてすぐ言われたよ」
そんなに寝ていたのか。起こしてくれれば良かったのにと思う反面、好きな人に起こしてもらえたことに感謝している自分が居て、少し気恥ずかしい。
「疲れが溜まってるみたいだね。今日はもう部屋戻って休んだら?」
「いや、今日と明日は寮母さん居ない日だろ」
プリントを提出するために席を立って、教室を出る私の後ろを着いてくるように歩く灰原の声が私の事を案じているような言葉と声色に喜びを感じながら、彼との時間を削ることをしたくない一心でその案を断る。
「そうだけど・・・・じゃあ、今夜は消化に良いおじやにする?」
「がっつりしたのがいい」
「食い意地は問題ないんだ」
本当に眠気のみだから食欲も問題はない。
むしろ寮母さんが居ない今、食事を抜いて寝ることに問題がある。
きっと夜明け前に起きて、ストックしているお菓子を食べ尽くしてしまう危険性がある。それなら灰原の手料理で腹を満たして幸せな満腹感のまま眠りに付きたい。
「今日の夕食は何にするんだ?」
「豚バラ大根!夜蛾先生から良い大根もらったんだよね!!」
「美味そうだな」
食欲をそそる献立にそれを嬉しそうに口にする君の姿に、また自分の中の恋が大きくなる。
この胸の内で育てている恋を起きている君に伝えるのはまだ先にしたい。
今は眠っている君の寝顔に、その想いを人知れず伝えさせてくれ。
「・・・で?七海からの愛の告白はいつになったら起きた時に聞けるのかな?」
「・・・・・・・・・・!!!!????」
前言撤回。思っている以上に早く伝えることになりそうだ。