今の世界が始まった話 さて、女の子の魔法を見つけたことで、世界の終わりを防ぐ道はひらけました。が、まだ一歩めです。まさか全部の魔法を見境なしに消すわけにもいきませんからね。
魔法は人類の文明の要でした。魔法で広げた大地を元に戻せばぎゅうぎゅう詰めで大勢死んじゃいますし、魔法で癒した傷を戻したら大惨事ですし、魔法で熾した火を止めたら凍え死ぬ人が大勢出ます。
世界を救うためなら仕方ないとか、対局のための犠牲は許容すべきとかいう考えもありますが、肝心の女の子がそういった考えを受け入れられませんでした。
人が死ぬのは嫌。人が大切にしてるものは大切にしたい。そんな善良な子でしたからね。
世界を救うには、適切に魔法を管理する必要があります。魔法で曖昧になった世界を適度に戻し、曖昧になりすぎないよう整えて。
うん? そうだね。そんなの神様にしかできない。そして旧い世界で、神様は心の中にしかいなかった。
つまり、いないなら作ってしまえばいいんです。そう、魔法でね。
こうして、女の子の魔法を女の子以上に上手く使える神様が作られました。名前はリエル。再誕せし神というニュアンスだそうです。
リエルはひとまず幼児としてデザインされました。世界のことを学習させるには、そのほうが都合が良かったからです。
ん? 大丈夫大丈夫。リエルはみんなに可愛がられ、愛されました。リエルを作った魔法使いは娘のように溺愛しましたし、女の子は妹ができたみたいとはしゃぎました。王子様はリエルの先生になりましたし、乱暴者の魔法使いはそもそもリエルのお兄ちゃんでしたからね。彼にしては丁寧に面倒を見ていました。
え? ああ、創神プロジェクトは女の子が見つかる前に始まってて、乱暴者くんは試作品第一号……プロトタイプだったんだよ。ややこしいからその話はまた今度ね。
とにかく、リエルはみんなの愛情を受けてすくすくと成長し、世界を救うに足る知性と知識を得て、そして、世界を滅ぼしました。
いやいや、リエルが悪い子になったわけじゃないよ。「憐れな人類よ、今ここで滅びるのがあなたたちの救い」とかそういうのでもない。
リエルのお父さんが殺されちゃったんだよね。世界を救おうとしてる魔法使いがなんで? って……うーん、性格に問題のある人だったからね。うん、その話も今度にしようか。
とにかく、父を殺されたリエルは怒り狂いました。世界を救う使命を忘れたわけではありませんが、生き残るのは父を愛し父が愛した人たちだけでいい、と考えたのです。
王子様たちがなんとか暴れるリエルを眠らせたときには、もう世界が終わる日は目前まで迫っていました。あちこちの設備が壊され、もう新しい神様を作って育てる時間も余裕もありません。
間に合わせでも神様になれるのは、女の子くらいしかいませんでした。
幸い、神様を手伝うシステムは完成してました。物理法則を再現するためのデータ、曖昧になった時空を隔離するプログラム、それらを演算し管理し調整できるようになるため、女の子は人であることを辞めることになりました。
おしまいの日、女の子は王子様たちにお別れを告げて、神様になりました。不完全で未熟な神様なので、世界のすべてを元通りに、とはいきません。生き残ってる人たちのいる空間を安定させて、ゆらぎが浸食して来ないよう保護して、それで精一杯です。
全知全能ではなく、最強でも最高でもなく、ただあるがままの世界を愛そうと努めた少女が成った、か弱い神。
地球を飲み込んだ情報ブラックホールの渦には、彼女が守った空間が浮かんでいます。波に翻弄される木の葉のように。
それが今のこの世界。曖昧になった世界で空が青いのは、陽が落ちて昇るのは、地面が逆さにならず、風が吹き四季が巡るのは、すべて彼女が旧い世界を再現しているから。
え、どうしたの? 怖くなった? ふふ、大丈夫大丈夫。いきなり世界が終わるかも、なんて旧い世界でも同じだったよ。え? そういう問題じゃない? はい、すいません……
わかったわかった、寝れるまで手を繋いでればいいんだね。はい、仰せの通りに。神話のお話はこれでおしまい。明日からは歴史の話。
遺された王子様と、女の子の娘が興した王国の話をしよう。1000年に渡り人の理想であり続けた国の話。変わってしまった世界と、そんな世界に愛された王の話を。