魂から生える魔物について さて、ゆらぎによって万物が構成された今の世界。
ゆらぎは【霊力】と呼称され、様々な現象を引き起こす原動力となっています。精霊がこの世界を維持し運営しているのもそうですね。この世界は湖面の波紋で出来た虚像と言えるかもしれません。
はいはい、怖がらないで。肝心なのは、この場合の万物が文字通りの万物……物質のみならず概念や精神にまで及んでいることです。
生き物が死ぬと、その亡骸は大地と大気に還ります。時間はかかるけどね。水分は蒸発し、肉は腐り、虫たちの餌となって……え? さっきと別の意味で怖い? ぁ、やば。幼年期の人間にグロいこと言うのダメだったっけ。怒られる……今のないしょね?
えーと話を戻して、霊力も同じだよ。生き物が死ぬと、その体と心を構成していた霊力は拡散して世界に、即ち精霊に還っていく。時間はかかるけどね。
そう。この時間が問題だ。拡散と還元は緩やかで、特に生き物の末期が辛く苦しい思念で占められていると、その霊力……わかりやすく魂と呼ぼうか。魂は精霊に還るのを拒み、長く残留する。
ここではっきりさせておきたいのは、肉体との結びつきが切れた魂は不安定な状態だってこと。記憶を蓄え引き出す脳を失い、世界を感じ取る感覚器官もなく、世界に触れる手足もない。ただ霊力だけが精霊と触れ合っている、そんな状態だ。
遺っているのは末期の思念だけ。記憶はこぼれていき、思い出は薄れていく。ほとんどの魂は生前の精神……人間で言えば人格を保てません。保つ事例もなくはないけど極めて例外なので考えなくていいです。
そんな不安定な魂が現世に長く留まるとどうなるか。答えは簡単。魔法を使い、己の未練を晴らそうとし始める。
うん? 魔法を使えるのは王様だけじゃないのかって? よく覚えてたね。そう、この世界は精霊という意志があるから、旧い世界のように魔法で言いなりにはならない。
でも、自分自身は例外だ。だって精霊じゃないからね。生き物の肉体は精霊の法則下にあるけれど、肉体を失った魂なら自分の霊力から魔法が使える。
魂が未練を晴らそうと生やした、己の手足となる肉体。それが【魔物(モンスター)】。死者の無念から湧き出る害獣です。
うん。魔物は死者そのものじゃない。あくまでその祟りが実体化したものという理解のほうが正しい。魂自体が生前とはかけ離れてるしね。
ここ大事なんだよねー。精霊と語り合える龍王国はともかく、龍王国の係累じゃない文化圏だと魔物の発生源になった人の遺族が迫害されたとこもあったし。
そう、魔物は存在するだけで大地を腐らせ、大気を蝕み、生き物を害する。
精霊の敷いた「死者は甦らない」という原則を拒む魔法だから、精霊の創った世界の毒になってしまうんだ。
とりあえずはこんなところかな? じゃあ、明日は今の世界の魔法の話。精霊の力を借りる魔法と、自分の力を使う魔法。
世界を動かすようになった祈りの話をしよう。