燃えるキノコ男 コノラノス公国のどこでしょう、北か南か西かはたまた東か。たぶん南か東ですね。花街道から外れた辺鄙な村に、つまらない男がおりました。
え? そんな言い方は失礼? 確かに。お詫びして訂正します。人に合わせるのが苦手な男がおりました。
男は自分が納得したことは進んでやるが、納得できないことは絶対やらないタチでした。とはいえ真面目な男でしたから。真面目に働いて、冬籠りの準備もして、両親に挨拶して。その帰り道のことでした。
妻の待つ家に帰る途中で、いきなり石で頭を殴りつけられて、男は崖の下に落とされ死にました。
男の死は事故死と判断され、つつがなく葬儀が行われました。なにせ辺鄙な村でしたから。神殿は遠くて多忙な神官さまは検死ができなかったし、男の亡骸は崖下で見つかってぱっと見不審な点はなかったし。仕方のないことですね。
え? そんな言い方は失礼? 確かに。お詫びして訂正します。理不尽なことですね。
男ももちろん納得できませんでした。どうして自分はいきなり殴られたのか、知りたくて知りたくて知りたくて。男はキノコになって、妻の待つ家に帰りました。
え? なんでキノコって、生えてましたから、崖下に。それでちょっと体を借りたらね、そんなことに。ええ、キノコです。大きな、大の男サイズの、手足が生えて勝手に動く、キノコ。
キノコ男が帰ってきて、妻は悲鳴を上げました。ええ、ええ、滑稽ですよね。ろくに夫を弔わなかったのは自分なのに。夫を面白みのない男だと見下して、隣家の男と浮気して、それで間男に魔が差して夫を殺してしまったのに、なんでも何もないですよね。
え? どうして妻は夫を弔わなかったのかって? 弔われない魂が魔物になりやすいのは常識なのに? あのですね、人間は自分が正しいことをしていると思い込みたがるものなんです。
妻も自分は正しいと思いたかった。だから夫が悪いと思いたかった。そんな悪人は弔われないのが当然だと。だから自分は間違ってないと。悪くないと。精霊の御元に還れると。そう思いたかったんです。よくある話ですよ。
悲鳴を上げる妻をなだめようと、キノコ男は肩に触れました。胞子が瞬く間に全身を覆い、妻は死にました。キノコ男はびっくりして思いました。妻が消えてしまった。どこに行ったんだろう?
そこにあるのは胞子の山で、妻ではありません。ええ、人間は自分が正しいと思い込みたがる生き物ですからね。魔物になっても変わりません。キノコ男は妻を探して外に出ました。
隣家の男が斧でキノコ男に殴りかかりました。キノコ男は真っ二つになりました。家ごと火を点けて燃やされます。気の毒ですね。可哀想ですね。ご愁傷様です。
愛する女を失って、隣家の男は燃える家の前で泣きました。慰めようと、その肩を叩く手があります。そう、キノコ男です。
ええだって、キノコはいっぱいありましたから。キノコ男もいっぱいいます。人に合わせるのが苦手だった男は一人しかいませんが、男から生えたキノコ男はいっぱいいてもおかしくありません。だって魔物は死者の魂から生えるカビ。カビは繁殖するものです、そうでしょう?
瞬く間に胞子に覆われて、隣家の男は消え失せます。それが自分を殺した男だと知らないまま、キノコ男はびっくりします。今の人はどこに消えたんだろう? 聞きたいことがいっぱいあるのに、みんないなくなってしまう。
キノコ男たちは一致団結して聞き込みを開始します。人に合わせるのは苦手でも、自分相手なら苦じゃありません。なぜか自分から逃げる人を追いかけて、誘導して、回り込んでタッチ! また消えてしまいました。なんででしょうね。不思議ですね。
応援を呼ばれ駆けつけた神官たちがキノコ男を焼き払い、村は煤の山になりました。悲しいですね。よくあることですね。誰が悪かったんでしょうね。妻? 間男? 妻と健常な関係を築けなかった夫? 不審死に気づかなかった神官?
あるいは、息子の欠点を見過ごして、甘やかしてそのままにして、そのくせ縁談を持ち込んだ両親でしょうか。責めるのは酷? それはそう。生き残った母親は、ひとり村の跡地で息子と犠牲者たちを弔う日々を送っています。
神官さま神官さま。母親は頼みます。どうか、私があの女の墓を足蹴にしたら叱ってくださいね。あの男の墓にツバを吐いたら止めてくださいね。ええ、わたし、そんなことしたくないんですよ。悲劇を繰り返したくありません。ええ、ええ、本心です。本心ですとも。だからお願いです。
わたしが死んだら、墓に光る花を供えてください。死者を弔う霊菫の花を。でないとわたし、化けて出てしまいますから。約束ですよ、約束です。約束、しましたからね?