詐欺師の男と愛を知らない少女で『あなたのことが大嫌い』 炎が吹き荒び、爆音が肌を焦がす。煮沸された空気を嗅ぐ余裕はなく、男は決死の思いで空中に身を投じた。閃光が一瞬前までいた場所を消し飛ばし、瓦礫の間を転がりながら立ち上がってまた走り出す。
「すとっぷ! ストップ! すとぉぉぉっぷ!! 平和的に話し合おう!!」
返答は自動追尾魔法弾だった。なけなしの護符で障壁を張り身を隠す。体が呼吸を求めているのを堪えてポーションを飲み干すと、しゃがれた喉の痛みが薄れ、乾いた肌に汗が吹き出た。このまま気絶してしまいたいが、それを実行した場合二度と目覚める機会はない。
燃え立つ錫杖を背負った少女が瓦礫の上に降り立つのを見て、男はここぞとばかりに叫んだ。
「おいっ。金なら出す! だから交渉ッ!?」
当てずっぽうで放たれた魔弾が近くの瓦礫を吹き飛ばした。まだ位置はバレていない。だが、交渉の余地はない。というか、さっきから攻撃の殺意が高すぎる。
なんで俺みたいなケチな詐欺師がこんな一流術師に狙われるんだ。一体誰を怒らせたのか、ここしばらくの仕事を思い返す。心当たりが多すぎて何の参考にもならない。
「クソっ、命あっての物種だ!!」
大赤字を覚悟して虎の子の呪具を起動させる。保って数分、その間に活路を開かねばならない。
「オイ、お前っ」
瓦礫から少女の前に躍り出る。即座に錫杖の切っ先が向けられるが、起動した呪具が術式を解除する。少女の視線が動揺する。だが、まだ足りない。
少女の動揺を最大限広げるため、男はとびっきりのキメ顔をした。
「愛してる」
少女がズッコケた。思った以上に効いたのに内心喝采しながら呪具ごと捕縛網を投擲する。
少女の体が網に絡み取られた隙に、男は思いっきり走った。煙幕や加速ポーションなどを使い潰して、あらん限りの距離を取る。
「だぁぁぁほんっと大っ嫌いああいう暴力で片を付けようとするやつ!!」
空になっていく貯蓄に泣きそうになりながら、男はなんとか安全圏まで逃げ出した。
* * *
呪具の効力が切れて、少女は難なく網を破り立ち上がった。
誰もいない瓦礫の山を見渡して、逃げられた、と独りごちる。
ターゲットの姿を見てから、不調が続いている。何らかの呪いによるものか。やたらお腹は空くし、魔力は乱れるし、一刻も早く潰してしまいたい。
だからいつも以上に気合も力も入っていたのだが、逃げられてしまった。渋面でさっきの男の言葉を思い出す。怒りのあまり頬に血が昇り、こみ上げる衝動のままに吐き捨てる。
「ああいう虚言を弄するやつ、大嫌い」
愛を知らない少女は自分の感情を知らず、未知の呪いに導かれるまま、男を追って走り出した。