生き残った人々と今はもうない王国の興り さて、女の子が神になり、彼女が作った箱庭で辛うじて生き残った人々でしたが、その先も生き延びるのは簡単なことではありません。
まず、魔法が使えなくなっていました。旧い世界ではこうなれと命じれば世界は言うことを聞いてくれましたが、今の世界では神さまを説得しなければなりません。
予定通りリエルが神になっていれば神さまのほうから話を聞いてくれましたが、女の子がなった神さまにそこまでの演算速度はありません。「炎よ水になれ!」と言われたって、「え? 炎が……水に???」と困ってしまいます。
次に、神さまが作った世界は、旧い世界とは変わっていました。魔法で再現された世界ですからね。
具体的に言うと、この世界では死者の祟りが実体化して襲いかかってくることがあります。常識? うんうん、そうだね。
うん、旧い世界では違った。少なくとも物理的には、死は絶対の終わりだった。けど今は、死者の想いは残留し、生者に害を及ぼすことがある。
その話はまた今度にしよう。そんなわけで、思わぬ危機も多く培った技術も使えなくなった世界で、生き残った人々は王子様を旗頭に団結しました。
王子様はまだ年若かったけれど、懸命に人々をまとめました。そんな彼を支えたのは、女の子の遺した娘です。うん、女の子と王子様は夫婦になってたんだ。言ってなかったね。
変わってしまった世界を調査して、住める場所を見つけて、決まり事を整えて、周りの助けを借りながら、王子様は娘を育てました。娘はすくすくと成長し、そして言葉をしゃべれる年頃になると、王子様に言いました。
「お父様、今日までわたくしを育ててくださり、心より感謝しております。お父様の教えとお母様の愛情を胸に、わたくしはこれより人々の柱と」え、なに? うん、3歳か4歳かそんぐらいじゃないかな。ちがうちがう、おしゃまさんじゃないよ。イタい子でもなくて。
王子様の娘はね、母親の声を聞くことができたんだ。そう、神さまになった女の子の声。
神さまになった彼女の人格は、世界を構成するデータと運営プログラムの海に呑まれて失われていると、みんな思っていました。でも違いました。はっきりくっきりとはいきませんが、うとうとしているくらいの曖昧さで、女の子の人格は世界に残っていたのです。
その人格は娘がすくすくと育っているのを見つけて、微笑みました。ええ、それだけです。責められた話じゃありませんよね?
でも、神さまになった女の子が微笑んだということは、世界すべてに微笑みかけられたも同然でした。
今の世界で魔法は使えなくなりました。女の子の娘を除いては。だってそうでしょう? 遺してしまった娘の願いを叶えたくない母親がいるでしょうか? まして意識も朦朧としているというのに。
でも、娘にはわかっていました。自分は世界に愛されている。けれど、世界は自分以外も愛してる。自分は特別で、だけどありふれている一個人にすぎない。
うん、乳幼児にしては賢すぎるけど、でもそれが【彼ら】だった。生まれながらに世界に愛され、それに驕らず、歪まず、謙虚に、誠実に、その愛を振りまくのを惜しまない超人たち。
失われた魔法を操り、高い知性と広い視野を持ち、それでいて細やかな気遣いも忘れず、しかも王子様譲りの美貌の姫君に、生き残った人々は夢中になりました。
瞳はお母さん譲りのすみれ色。髪はお父さん譲りのばら色。微笑みは気高い百合の如く、放たれる声は青空を往く白鳥の如く。
彼女を中心に、生き残った人々は王国を興しました。これが始まり。母たる神=精霊に愛された理想の王の統治する王国は、新たな世界の中心となりました。
その行いは人としての母を眠らせない行いだと、知っていたのは王となった娘だけ。その罪深さを知りながら、彼女は王となりました。
そう、この世界では、死者の祟りは害を成す。死者は眠らせないといけないんだ。それをしなかったらどうなるか。知ってるよね? 常識でしょ?
その辺はサラッと流して、そろそろ巻いていこうか。君が今いる国の話もそろそろしないとね。それじゃ、おやすみ。