旧い世界が終わった話 昔々、あるいは明日の話。人が大地にあふれ、地表が隅々まで人の目に暴かれ、海も大気も秘密がなくなり、ついには宇宙の果てに辿り着くその前に、空に羽ばたく力を失った時代の話。
大地の資源を掘り尽くした人間たちは、せっかく積み重ねた文明を動かすエネルギーを失い、代わりとなる新たな技術を発明しました。形や言葉、意志に応じて奇跡を起こす技術。そう、魔法です。
魔法は万物に宿るちから……正確にはゆらぎを源に、え、どうでもいい? ふふ、じゃあその先の話をしようか。世界は魔法使いであふれました。
魔法使いはみんな欲深でした。当たり前だよね。なんだって願いが叶うんだから。
ある魔法使いは言いました。「土も風もみんな汚れている。綺麗にしよう。大地よ甦れ。大気よ癒やされたまえ」 かくしてその通りになりました。
ある魔法使いは言いました。「この大地は狭すぎる。人が増えすぎて、獣が追いやられている。大地よ広がれ。空間よねじ曲がれ。すべての命に都合のいいように」 かくしてその通りになりました。
ある魔法使いは言いました。「資源が尽きたなら魔法で増やせばいい。エネルギーなんて魔法で解決だ。さあ飛行機を飛ばそう。夜を明かりで照らそう。楽しい歌をいっぱい広めよう!」 みんなその通りにしました。
困ったのは世界です。だってそうでしょ? 今日石ころだと思ったら、次の日には魔法使いに金に変えられて、別の日には石炭に、燃え尽きたと思ったらダイヤモンドにされてる。自分がなんだったのか思い出せなくなりそうです。
というか、そうなりました。ほとんどの魔法使いは、自分の魔法がまだまだ新しい技術で、わかってないことが多すぎることに無頓着だったのです。
始まりは、たくさんの人の命を救っていた魔法使いでした。人の血を、臓器を、失われた手足を、その人に合うように作り直していた魔法使いです。
魔法使いの作った血は、臓器は、手足は、自分が誰のいつの何だったのかを忘れて、患者たちはみんな異形の怪物になりました。
こんなのは序の口です。広げた空間の重力を制御していた魔法使いはブラックホールに飲まれました。空間を切り離して世界がまるごと滅ぶのは避けられましたが、助かった世界でも、立っていた地面が壁になって滑り落ち、ジャンプしたら空に着地して、永遠にさまよい続けることになった人が続出しました。
大好きな物語を再現していた魔法使いは、自分が誰だったか忘れて本当にその物語の住人になりました。まだ幸せなおしまいだよね。ゾンビとか出てくるお話だったみたいだったけど。幸せは人それぞれだし。
魔法使いがあちこち好き勝手に世界を広げたせいで、混沌は広まる一方でした。連携なんて取れたもんじゃありません。
辛うじて世界の終わりに立ち向かう者もおりました。生き残った人々はみんなその魔法使いたちの元に集まりましたが、結局はそこも同じ運命をたどりました。
かくして欲深な魔法は地球をぐちゃぐちゃのブラックホールに変えてしまい、人類の歴史は幕を下ろしたのでした、とさ。え? それじゃお話が始まらない? たしかに。
実は、生き残った人もわずかながらいました。
明日はその話をしようか。旧い世界を慈しんだ魔法使いの話。世界を救おうとした少女の話を。