ゲーム?世界に転生させられたがプレイヤーじゃなくシナリオ担当だった件Prologue
そこは白い世界だった。揺らめくたびに色を変える波紋が、かろうじてここが限りのある空間だと教えてくれる。
白い海に浮かぶ虹色の泡の中、目の前には、白い人物がいた。
「やぁ」
白い声だった。そういうイメージで実際は肉声ではないのだと、不思議とわかった。
そこに誰かがいることはわかるけど、姿は見えない。でもこっちを見て、笑いかけてるのがわかる。不思議な感覚。
「わたし、死んだんですね」
確信があったが、口にすると、寂しかった。もっと、やりたいことがあった。したいことがあった。そのはずなのに、記憶は砂のようにこぼれて、泡になって消えて行く。
「うん。ところで、君に見てほしいものがあるんだ」
「え? ……乙女ゲーム?」
モニターに、ゲーム機、見覚えのないディスク。パッケージには可憐な少女と、見目麗しい殿方が複数人並んでいる。
「乙女ゲーム? 君にはそう見えるんだね。どんなの?」
「どんな、って、ええと、平凡な美少女になって、世界を救うついでにイケメンと恋に落ちる、みたいな……」
「へぇ、なるほど。うん、やってみせてよ」
言葉にした以上のイメージが伝わった感覚に戸惑いつつ、ゲーム機にディスクをセットして、モニターの電源を入れて、ゲームを起動する。
生前、私はこの手のゲームが大好きだったけど、このゲームは初見だ、と思う。わからない。もしかしたら、神様が餞にお気に入りのタイトルを再プレイさせてくれるのかも。
寂しさを吹き飛ばす感動を期待して、私はNewGameをクリックした。
* * *
「どうだった?」
「ざいっごうでしたぁあああ」
泣いた。もうないはずの涙腺が刺激され、頬を濡らす熱い涙がリアルに感じられる。
いやもう最高だった。え、これほんとに私プレイしたことなかったの? 不覚! ってくらいツボだった。特に主人公。主人公最高だった。プレイヤーと一体化すべき主人公がキャラ立ちしすぎるのはどうなんだって意見あるけど私は主人公の性格が感じられるほうが好きでその点この主人公は可愛くって儚げででも勇敢って感じでヒーローだよヒーローもう攻略対象の野郎どもヒロインだったもんあー最高〜〜フルコンプしたけどもう一周していい? なんか細かい分岐で展開は同じだけどセリフ違ったりするのまだ回収しきれてないし。
「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「はいっ! あ、でも欲を言うなら完全無欠ハッピーエンド欲しかったかなあ。どのルートでも誰かが犠牲になっちゃって、いやそこがシビアでいいって気持ちもあるんだけど、でもやっぱ大団円が見たいなーって」
つい口を滑らしてのおねだりに、推定神様は快く頷いてくれた。
「うん。その結末は、君が作って?」
「はい?」
いや、どちらかというと、罠にかかった獲物を歓迎する笑顔(イメージ)だった。
「そのゲーム、本当にあったことなんだ」
「は?」
「主人公、可愛かったでしょ? 最初の結末は彼女が犠牲になって世界を救ったんだ。僕、悲しくて、時間を巻き戻したんだよね」
「へ、へー」
「だけど彼女、誰かが犠牲になって自分が助かっても嬉しくないって。それで何度もリトライしたんだけど」
「ええと、ちなみに、何回くらい?」
「ざっと8000000000回くらいかな」
「アバウト世界人口!?」
スケールがデカいというか怖い。
「そしたら、他の神(みんな)に怒られちゃって」
「そりゃそうでしょうね!」
「で、閃いたんだ。管理下の魂に深く干渉するのは禁じられてる。けど、管理外の、異世界の魂になら……
そう、君の語彙で表現すると、チートにできるなって」
推定:神の言葉にツッコミ疲れして、気づくのがしばらく遅れた。
「……え? それってつまり、わたし?
っていうかそれはOKなんですか!?」
「OUTだよ? 今もバリバリ怒られて籠城中だし。
ほら、さっきからノックされてるでしょ?」
「あの波紋そういうことだったのぉ!?」
なんかキラキラ色変わって綺麗だなーと思ってたら!!
「改めてお願いだ。この物語にハッピーエンドを遂げさせてほしい」
「ええと、その、人助けが嫌ってわけじゃないんですが、具体的にどうすれば……」
「あの世界に転生して、彼らの手助けをして。特に彼女(主人公)の」
「ちっ、力技ですね。つまり、ゲーム世界に転生か。それ、セーブ機能は……」
「ないよ?」
「ないんです!?」
神の言葉は無情だった。
「だって乙女ゲーム? の形にしたのは直接僕の記憶を流し込んだら君の魂が消し飛んじゃうからで、あの世界は別に作り物でもなんでもないし」
「それはわかってますけど、さっき時間を何度も巻き戻したって……」
「同じ時間を巻き戻しすぎたからこれ以上巻き戻したら時空が壊れるって叱られちゃった」
「せめてそこまでやる前に呼んでほしかった!」
そりゃ八十億回も巻き戻したなら納得だけど!
「あ、でも安心して! 僕の使徒ってことで加護を与えるから!」
「……それ、いいんです?」
「ダメだよ?
だから君が異世界からの転生者ってバレると、他の神からの刺客が来て消されると思うから、がんばってね」
「ちょっ……!?」
聞き捨てならない忠告を問い詰める前に、足元の感覚が消失する。
「じゃあ、期待してるよ! 凄腕シナリオライター!」
(期待するならもっと手厚く支援してくれーーーー!!)
叫びは届かず、わたしは白い世界から、色鮮やかで過酷な世界に叩き出された。