公国の興り(1)光る花咲く森 最後の王が洪水に没し、遺された龍王国の民は公子アデラティアに率いられ、安住の地を探す旅に出ました。
安住の地とは即ち龍の座す土地です。龍がいる土地は精霊の力が強くなり、魔物が出づらくなり、災害も起こりづらくなります。
もちろん、そんな土地はとっくに他の人間が暮らしてます。とはいえ、未踏の秘境に龍がいる可能性もあります。民はその一縷の可能性に縋って旅に出ましたが、公子の考えは違いました。
最初に辿り着いたのは輝く森です。緑豊かな深い森に、光を灯す花がそこかしこに咲いていました。龍がいる証です。
龍がいる土地では、こういった不可思議な現象が起きるのです。民は喜び勇みましたが、森には既に暮らしている人々がおりました。
何人かは森で暮らすことを望みましたが、先住民の人々は断りました。住む場所が少ないから? 信用できないから? 単なる意地悪? いやいや、どれも違うよ。
この森の龍は、もう長くなかったからです。
龍は不死身ではありません。龍を生んだ土地がなくなれば、この世との接点を失い、曖昧なゆらぎとなり拡散し消滅してしまいます。
遠からず失われる安住の地。それが輝ける森でした。話を聞いて、公子は胸を叩きました。
「よし、わたしに任せておきなさい!」
そうして公子は切り拓かれた森の奥、かつては深い森の奥で人知れず光を浴びていた花畑を見つけ、そこに眠る龍=森の暁/星を灯す菫/花龍ペスタリスノを呼び出しました。
自ずから光を発する蕾が一斉に咲き乱れ、漏れ出る光が花弁となり、大輪の花を纏う可憐な乙女を描きます。
肌は鮮やかに伸びる新芽の色。髪は燃え立つ花弁そのもの。花の中心から覗く面差しはあどけない少女のようで、伏せられた眼は精霊と同じ花やぐすみれ色です。
風に吹かれずとも自ずから茎を揺らし、葉を傾けて、ペスタリスノは花びらが風に舞い散るような声をこぼしました。
「遠い妹、今は遥かな姉君、ようこそおいでくださいました。大したもてなしもできず申し訳ありません。
風に吹き散る我が身ですけれど、あなたに託された民が過ごす間は、どうか生き永らえてみせましょう。森に住む獣たちが野原へ移り住むまでは。冬の寒さに凍えぬように」
魂の姉妹の言葉に、公子アデラティアは胸を張り、背を伸ばし、手を差し出しました。かつて王子がいつか伴侶となる少女にそうしたように。
「わたしたちと旅に出ましょう。新しいあなたを見つけに行きましょう」
こうして、アデラの光る菫を手に森を出ました。野に咲く花に光を灯して、まだ見ぬ安住の地を目指して。
安住の地がないのなら、作れば良いのです。それがアデラ公子の考えでした。
そうしてこのことが、花咲く国コノラノスの建国史に記される、最初の出来事になったのです。