花の名に愛を連ねたら「卒業おめでとう、暁人くん!!」
アジトへ入るなりそんな掛け声と共に鳴るクラッカーに僕は思わず肩をすくめる。まだ日も落ちていない時間だというのに凛子さん、エドさんやデイルさんもニコニコと笑って僕を出迎えてくれた。
「はは…ありがとうございます。なんかすいません皆昨日も遅くまで仕事してたのに」
『なに、君の一生に一度の晴れ舞台のひとつだ』
「そうよ。本当は卒業式まで行きたかったくらい」
「それは暁人の迷惑だろう?」
三人はまるで自分の事のように笑顔でそう言ってくれて。少し前まではこんな風に沢山の人に卒業を祝ってもらえるだなんて思ってもみなかった。
「親戚の人とは?」
「さっき駅前で。麻里はまだ別の親戚に捕まってるみたいで、もう少ししたら来るみたいです」
「じゃあまだゆっくり出来るわね。絵梨佳も学校終わり次第すぐ来るって言ってたわよ」
なんやかんやと両親を亡くした俺と麻里を気にかけてくれる親戚は居たりはする。けれどあまり頼りっきりも嫌で大体のことは自分達でなんとかするからと断っていたのだけど、こういう行事ならば話は別だ。来年はきっと麻里の卒業式でお世話になるのだろうし。
…しかし就職について茶を濁したのはマズかったかな。だって言えないよ、「ゴーストバスターになります」なんてさ。
僕はこの先いつまた着るかわからないスーツを脱いでネクタイを緩める。そしてさっきから気になっていた事を口に出すことにした。
「あの…KKは?」
僕の言葉に三人はあぁ、と顔を見合わせた。
『それについてはすまない…どうしても彼が行かなきゃならない依頼が入ってしまってね』
「まぁ彼なら今日中に帰ってくるさ、本人もそう豪語していたし」
「あ、そんな謝らなくても…!仕方ないですよそんなの」
エドさんとデイルさんは申し訳なさそうだったがそんなの僕にしてみれば何も言える訳もなく。KKは体を張って人を守る仕事をしてるのだしそんなに気にしなくてもいいのにな、皆。
「まぁ彼は酒とつまみさえ残ってれば文句言わないでしょ。さ、暁人くん好きなデリバリー頼んで!何でもいいわよ!」
「えっ、あ、はい」
差し出されるメニューに僕はたじろぐ。ピザ、寿司、中華…単純にも僕の腹の虫も鳴る。なにせ昼前から何も食べていないし。
──とりあえず今は祝ってくれる皆に便乗することにしたのだった。
* * *
「……………やっぱこうなるよねぇ」
時計の針がてっぺんを指す頃。僕はテーブル周りで酒に沈んだ凛子さん達と満腹で眠りに入った麻里達を眺めて苦笑いをするしかなかった。
テーブルの上や周りに散乱したデリバリーのゴミ、酒やジュースの空き缶。美味しいし楽しかったけどやはり片付けが大変なのは世の常である。
「こないだ片付けたばっかりなのにな。でも祝ってくれたから仕方ないか…」
適当にその辺にあったビニール袋に細かいゴミを詰めていく。床で雑魚寝しているみんなが風邪をひかないようにブランケットをかけて、暖房も少しつけて。
まだ少し酒気に火照る身体を冷ますために一人ベランダへと出れば薄っすらと雲がかかる月がこちらを見下ろしていた。
「帰って来なかったな。KK」
仕方ないしそこまで期待はしていなかったけど──やはり寂しいものは少し寂しい。こんなに楽しく皆で食事をして騒いだのも久しぶりだった。
でもそんな楽しい時間の隙間に、ふとKKのことを考えてしまうのだ。KKも居たらもっと楽しいに決まってるのに、なんて。
「せっかく僕の卒業式だったのに……ふふ、こんな子供みたいな事言ってたら馬鹿にされちゃうかな」
どうやらまだ酔いが残ってるらしい、パタパタと手で仰いでも醒めるものでもないのだけど。真夜中に独りごちて思いを馳せるくらい許されるだろう。
そう思っていたら。
「──そうか?俺にしてみれば可愛らしいワガママだがな」
不意に声がして振り返ると。
「けっ…KK…!?」
閉めたはずのベランダの窓は開け放たれていて、そこにはすっかり息の上がったKKが居た。スーツはヨレヨレでじっと見れば頬に軽く擦り傷みたいなものも出来ている。
「よぉ…じゃなくて、今何時だ?まだ日付は変わってねぇよな?」
「えっ、…ま、まだだと思うけど」
「よし!なら間に合ったな!」
一体何のことやらと暁人が目を丸くしているとKKは後ろ手に隠していたあるものを勢いよく暁人の胸元へと押しつけてきた。
それは色とりどりの、大輪の花束。
「………KK、これ」
「本当はもう少し早く帰れるはずだったんだがな…その花買って帰る途中にマレビトを見掛けたもんで、花を散らさないように気を遣って戦ってたら傷作っちまった。ま、そんなことはどうでもいいか」
KKは笑い暁人の頭をくしゃりと撫でる。
「卒業、おめでとう。よく頑張ったな」
……よく頑張ったな、なんて。自分ではそんなつもりはなかった。ただ普通にしていれば大丈夫だと思ってやってきたのに。
そんなこと言われてしまったら──僕は。
「………っ……」
「なっ!?なんで泣いてんだ?」
「わ、わかんない…?」
突然ボロボロと溢れ出した涙に一番戸惑ってるのは僕の方だ。悲しいわけじゃないのに、どこも痛くないのに。なんだか突然…全てが報われたような気がして。
涙が花束に吸い込まれていく。こんなことで花が枯れちゃったらどうしよう、なんて頭の隅でどうでもいい事を考えていると。
「っ!」
KKの腕が伸びてきて、僕を抱きしめてくれた。花束が潰れない程度の優しい抱擁に僕は少し驚いてつられて涙も一瞬止まる。
「あーもー、泣くな泣くな。おおかた張り詰めてた何かが溢れちまったんだろ」
僕の背中をKKの手がゆっくりとさすってくれる。暖かい。
「…そういうもんなの?」
「そういうもんだ。特にお前は人一倍頑張りすぎだからな、無自覚に気を張ってたんだろうよ」
そんな大袈裟な、と思いつつも僕はほぅと息を吐いて今までのことを思い返す。
父と母が亡くなり、麻里もあんな目に遭って。僕はほぼ一人でそれを全部抱えてた。それは先の見えないトンネルを歩いているような感覚で、でも。
あの時手を引いて連れ出してくれたのは間違いなく──。
「KK」
「ん?」
「花束ありがとう」
「あぁ」
「それからさ」
なんだ、とKKが言葉を発した気がするけれど──僕はそれをキスで塞いだ。
花束越しのキスは優しい匂いがして、僕はそのキスをいつまでも続けたかったけど。
「──…大好きだよKK。これからもずっと、よろしくね」
こればっかりは言葉でなきゃ伝わらない。離した唇を寄せたまま、僕はKKの目を見つめて笑った。
涙で少し滲む視界の中のKKは驚いた顔をしていて…それから、困ったような顔で笑って僕をさらに抱き寄せる。
「……あーあ…俺はとんでもねえヤツに惚れちまったな」
「なんだよそれ」
「暁人は最高だなって意味だよ」
「ふふ、知ってる」
「そういうとこだぞ本当によ…」
暁人の指がKKの頬の傷をなぞれば、KKはそれに頬を寄せて笑う。
僕に贈る花束のためにさえ自分を傷つけられる強く尊く儚い、愛する人。
春の風に背を押されたように──再びどちらともなくキスをした。
どうか僕の「これから」をすべてこの人に捧げられますように。
この花束に負けないくらいの大きな愛を彼に返せますようにとただひたすらに、祈りを込めて。
『私達、いつまで狸寝入り続ければいいのかしら…』
『凛子ベランダ閉めよ、そうしよ』
『お兄ちゃんがお嫁に行っちゃう〜…』
『…………』
『エド、その録音はいけない』
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