仲良きことはうつくしきかな スタプロの事務所に入るなり、朔間零は己の耳を疑った。
「英智さん。例の件ですが、どうなりましたか?」
他人に尋ねているとは思えないほど、あんずの質問は唐突で、漠然としていた。とくに抱える仕事の件数が多そうな英智にとって、あんずが言う『例の件』を当てるのは難題だろう。
しかしそう考える零の予想を裏切るかのように、英智は答えに詰まることなく、あんずの質問に素早く返事をした。
「当日マネジメントリーダーをしていた彼に引き継いだよ。わかりやすい資料で助かったと言伝を頼まれていてね。君が評価されるのを聞くと僕も鼻が高いよ。あ、それからあんずちゃん。あれについてなんだけど……」
あれっていったいどれのことだ? そんな指示で伝わると思っているのか? と、零は内心毒づいたが、みなまで言わずともわかるらしく、あんずは英智の言葉にかぶせ気味にして応えた。
「それでしたら既に手配済みです。検品に時間がかかるとのことでしたが、店舗への出荷には間に合います」
「わかった。それからあそこのプロモーションなんだけど」
「わたしも気になっていたので、午後にでも担当者を訪ねようかと思っています」
「話が早くて助かるよ」
零はじっとふたりの様子を伺っていたが、ついに我慢の限界だった。
「お主らはいつもそんな感じなのかえ?」
「おや、朔間くん、いらっしゃい」
英智が零に視線を送ると、あんずもそれを追うように振り返って零を見た。
「こんにちは。そんな感じってどういうことですか、朔間先輩?」
あんずの純粋な質問に零は心にダメージを負う。
「ぐっ……我輩の指示語は伝わらぬというのか……」
それでピンときたらしい英智は、まだ理解できていないあんずに説明をしはじめた。
「どうやら朔間くんは、僕たちの高度な会話についていけないらしい」
「高度……ですか?」
「うむ。端から見るとツーカーじゃよ」
「ツーカーって、つうと言えばかあ、ですか?」
「なんだい、その辞書みたいな言い方」
「以前に仕事中のやりとりでわからない時があったので、意味を調べたことがあるんです。業界で頻繁に使う言葉なんでしょうか」
「うん、朔間くんみたいなおじさんがよく使うね。そうした場面に僕もよく出くわすよ」
「いっそ死語じゃと言ってはくれぬか……」
「それじゃあ用件を聞こうか、朔間くん。手短にお願いするね」
「白鳥くんが気づいたんじゃがの。彼は今日事務所に行けないからと託されたんじゃ。ほれ、忘れ物」
そうして零が差し出したのは、一つの封筒だった。
「あ」
英智は受け取り、中身を確認すると慌ててさっと背中に隠した。あんずはその様子に疑問を抱いている。
「?」
「ほほう、やはり嬢ちゃんに見られてはまずいものじゃったか」
なにせ二人分のチケットだ。直接持って行くのはよくないと判断し、封筒に入れたのは零だった。
「ありがとう、助かったよ。わざわざ来てもらって悪かったね」
「いいや、礼はいらぬよ。おもしろいものを見せてもらったし……ククク」
零と英智の会話を、あんずは顔を交互に見比べながら聞いていた。
「なんですか? おもしろいもの?」
「あんずちゃん、この間話したことなんだけど」
英智はあんずの腕を引いて事務所の奥へと誘うが、あんずは椅子に座ったまま動こうとしない。
「この間……? すみません、なんでしたっけ」
そんなあんずの耳に顔を寄せると、英智は小さな声でささやいた。
「遊園地の……」
「遊園地……あっ」
あんずは慌てて立ち上がった。そして英智に手を引っ張られながら事務所の奥へと向かう。どうやら自分たちのこととなるとうまく通じ合わないらしい。プライベートより仕事の方が気やすい仲であるというのは難儀だろうに。零はふたりの背中を見送りながらため息をついた。
あれで付き合ってないとは言わせたくない。英智が寮に帰ったときには恋バナを聞き出そうと、零は愉しそうに微笑むのだった。
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