慣れない真似ーー来る!
あんずが察知したのは、背後から迫り来る斑の気配だった。
何を隠そう、あんずは斑からのスキンシップを受ける機会が多い。斑は正面からやってくることもあれば、突然現れることもある。高い高いや肩車など、注目されるようなスキンシップは、できれば避けたいのがあんずの気持ちだ。だから自然と、斑が来ることを予測し避けるというスキルが身についていた。
そうして察知した、斑の気配。
しかし斑の方もあんずに回避されることを予想していたのか、一度顔を覗き込むフェイントを仕掛けてきた。あんずは慌ててしまい、体勢が崩れた。その間に斑に正面へと回り込まれてしまう。両脇に両手が差し込まれたかと思うと、すぐさま持ち上げられ、あんずの足の裏は地面から数センチ浮いた。腕はだらんと前に垂れていて、まるで捕えられた猫である。
「捕まえた♪ あんずさんは今日もかわいいなあ!」
不服そうな表情を見せるあんずに、斑は笑顔で話しかける。ずいぶん機嫌が良さそうだ。
しかしあんずもやられっぱなしではいられない。斑があんずによく言う言葉「今日もかわいい」に対して、あんずは反撃を用意していた。
「三毛縞先輩だって、今日もかっこいいですよ」
最後まで息継ぎをせず早口で言い切ったことで、あんずは満足してしまった。どうだ!と自信ありげに胸を張りながら斑の方を見ると、端正な顔がもったいないくらいのぽかんとした間抜けな表情をしている。そこであんずは気がついた。肝心の最後のセリフが抜けてしまっていたことに。
ーー三毛縞先輩の真似!
これは斑がよくやっている友人の真似を、あんずが丸ごと真似たものだ。
返り討ちにしてやろう、そして解放してもらおうと、そういう流れに持っていくつもりだったのだが……しまったと思ってももう遅い。あんずは恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
タイミングを逃した言葉が脳内でリフレインしている。それを打ち消すようなことを斑が言ってくれるのではないか期待したが、見ると斑の頬もほんのり赤く染まっている。斑は黙ってあんずを地面に下ろした。
ーーこれはつまり、と、あんずはすべてを悟った。
あんずが斑の言葉に反撃する内容を用意していたこと。
それが斑がよくやる言動を真似していたこと。
それが、失敗に終わったこと。
「べっ、べつに三毛縞先輩のことだけ考えてたわけじゃないですからねっ!」
いたたまれず、あんずは斑から顔ごと視線を逸らした。顔の赤みの理由が、恥ずかしさから照れに変わっていることに、内心気づきながら。
「そうかそうかあ! たとえ短い時間でも俺のことを一所懸命に考えてくれているあんずさん……♪ ママは感激しました!」
「ぎゃー! ぐぅっ」
「ふっふっふ……ツンデレのあんずさんもかわいいなあ。好きだなあ!」
「ごめんなさいごめんなさい、恥ずかしい……許して!」
その後、筆舌に尽くしがたいスキンシップは一時間ほど続いた。
この日以降、斑に反撃など、慣れない真似はしないほうがいいと、あんずは肝に銘じたのである。