降志ワンライ「時限爆弾」「真実」 言わずと知れた米花町の、某商業ビル。
数多くのアパレルや飲食店が立ち並ぶ施設において、日曜の午後というゴールデンタイムは極めて重要な意味を持っている――のだが、今この時刻、テナント関係者は一律避難を命じられ、規制線を張られたビルの周囲には、多くの野次馬達が押し寄せていた。
『速報です! 米花町ブレインタワービルに仕掛けられたという連続爆弾犯は先ほど逮捕されました! しかし、今も爆弾はビル内部に仕掛けられたままということで、只今機動隊による解体ミッションが行われようとしています!』
サイレンと供に次々にやってくるパトカーや機動隊、緊急車両から降り立った隊員たちが、先に建物内に入った者たちへと指示を送り、自身もまた内部へ入るための準備を整えている。
話を聞きつけすぐに駆け付けたテレビ局が緊迫した様子を報道していたが、『先に建物内部に入った者たち』の多くが一般人であることは、テレビカメラには映し出されることはない。
***
「西側広場、解体完了した! そっちはどうだ!?」
東西南北に仕掛けられた、連動式の時限爆弾。
爆発まで残り僅かという緊迫した状況の最中、令和のシャーロック・ホームズ工藤新一の推理により判明した連続爆弾犯は無事判明したが、逮捕直前暴れた際にやけを起こしたのか、居合わせた子どもへ危害を加えようとしたため、蘭の鉄拳制裁を受けることとなった。
気を失った犯人の所持品に起爆停止装置は無く、時限式の爆弾を止める手立ては起爆するまでに解体するしかない。
運悪く居合わせてしまった親子を蘭に任せて外へ逃がし、爆破の阻止へ向かった果敢なる若者たちは、自分達に託されたミッションを確実に遂行していた。
『安心せぇや! 北側インフォメーション前も終わったで!』
『人生で二度も爆弾解体する羽目になるとは思わへんかったわ!』
工藤と蘭と供にショッピングに訪れていた二人――服部と和葉の声を聞いて、工藤は階段を駆け下りる。
エレベーターは既に安全装置が働いて、既に動いていない。
『南側コーヒーショップ前もこのコードで終わりだよ! って、吉兄、急いで!』
『ハハハ……勇敢な妹を持ってお兄ちゃんは嬉しいけど、ちょっと血気盛ん過ぎるかなぁ…』
世良の義姉――つまりは羽田名人の妻である旧姓宮本由美のことだが――の誕生日プレゼントを買いに来ていたという赤井家の下兄妹たちもまた、解体に成功したようだ。バタバタと走る物音と供に、兄を叱咤激励する世良の声が聞こえる。こちらももう問題無いだろう。
「宮野! そっちはどうだ!?」
残る一か所。東側、展望台直通エレベーター前に向かった宮野志保へ連絡を繋げると、スマホの向こう側からはぴりりと緊迫した空気が流れてきた。
『……ビンゴ、ね。どうやらこれが本命らしいわ。他の三つに比べて、大分複雑みたい』
「くそっ…! 今からそっち向かう! オメーはいざという時に備えて逃げ――」
『大丈夫、1ラウンドもあれば終わらせるさ。君こそ先に脱出してくれ。犯人の真の狙いは別にあるんだろう?』
割り込んできた声は、工藤もよく知る男のテノール。
所謂ダブルデートの最中だった工藤たち、休日ショッピングの最中だった名人と探偵の兄妹に加えて、最後の1チームは降谷零・宮野志保という警察関係者コンビだった。
江戸川コナンとして知り合った頃から公安警察に属していた降谷と、組織が崩壊して元の姿を取り戻した後、紆余曲折あって科捜研に所属することになった宮野。
部署は違うものの所謂同僚という間柄である2人が、揃って休日にモールを訪れていた理由を聞く間もなく緊急事態となってしまったので、宮野の番号を示す液晶からその声が響くことはどこか違和感があった。
とはいえ、今は非常事態だ。
降谷の言う通り、犯人の真の狙いはこのビルではなく、ビルの所有者たるオーナー。
犯人は既に確保されているとはいえ、時限式の爆弾は未だ彼を狙っている。
一刻の猶予もない。
「わかりました。宮野のこと、頼みます!」
そう言い切って、通話を切ると、工藤は次なる目的地――オーナーの経営する画廊へ向かうための車を手配しようと目暮警部の番号を呼び出そうとして、ザザッとポケットから雑音を拾った。
『……1ラウンドなんて、大きな口を叩くわね。間に合うの?』
『間に合わせてみせるさ。そっちのコード、切ってくれ』
『爆発まで残り、5分もないわ。あなたの旧友仕込みの腕前、お手並み拝見ってところかしら』
『言ったな。なら、成功の暁にはご褒美でも貰わないと』
『ご褒美?』
探偵バッチからだ。
おそらく何かのはずみで宮野が持っている方のスイッチが入ってしまったのだろう。
切迫した状況ながらもどこか軽妙なやり取りに、解体の成功を祈るしかないもどかしい気持ちのまま走るしかない。
大丈夫だ。あの二人なら絶対に間に合わせてくれる。
ならば自分は、自分に出来ることを―――
『解体に成功したら、君とキスがしたい』
―――ハイ?
思わず、足が止まるところだった。
バッチの向こうからは変わらず作業の音と供に、ぐ、と宮野の息を呑む声が聞こえる。
『……この前、断ったじゃない…。忘れたの?』
『覚えてるよ。だから一発逆転に賭けたいんじゃないか。吊り橋効果、知ってるだろ?』
『……ばかな人ね』
『ばかなのは君だろう? 僕が欲しいのは君の気持ちだ。周囲にとやかく言われる筋合いなんてない』
『……ほんと、ばかな人』
いや、ちょっと待て。
これは聞いちゃいけない会話だ。流石に野暮が過ぎる。
『死亡フラグっていうのよ、それ』
『あいにく、僕は死神に嫌われているらしいから、問題ない』
パチン、とペンチがコードを切る音。
『ほら、これで終わりだ』
パチン。ピーッ。プツリ。
電子音と供に、沈黙が下りる。
続いて、安堵の息。どちらのものだろうか。
無事に4つの爆弾は解体された。
それは喜ばしいことなのだが―――。
『報酬、もらうよ?』
「ちょ、待っ――」
思わず声を上げかけた工藤の姿がまるで見えているかのように、音声はぷつりと途切れてしまった。
何かのはずみでスイッチが切れてしまったのだろう。
その『何か』が何であるのか―――真実を知るのは、後日阿笠の元へ交際の報告に訪れたという当事者二人ばかりである。