ポダ♂→ポダ♀の話 世界を巡る二人旅の途中、とある街で宿を取ったダイとポップ。二人はその夜も互いの熱を分け合った所であった。
後処理を終えたポップは、ダイが浮かない表情でぼんやりとしていることに気づいた。いつもならば彼は寝台に横たわりうとうとと微睡んでいるのだが。
「無理、させちまったか?」
気遣わしげなその声と視線にダイははっとすると、すぐさま首を振りそれを否定する。
「あ! ううん! 平気だよ」
「んじゃあ、どうしたよ?」
ダイの癖っ毛をくしゃりと撫ぜるポップの手に、ダイは目を細めると、少し躊躇いながら口を開いた。
「えっと……この間さ、おじさんとおばさんに話しただろ? おれたちのこと」
「ん? ああ」
ダイの言葉に、ポップは数日前の出来事を思い出す。
ポップの故郷ランカークス村に住む、ポップの両親を訪ねた二人。ポップは、今のダイとの関係を、そしてこれから先もこの関係を続けていくつもりなのだと両親に打ち明けたのだった。
ポップにとっては相当な覚悟が必要な上での告白だったが、そこは流石親というべきか。ポップの両親は息子のそんな想いなどとうに分かりきっていた。二人がそれで幸せになれるなら何も言うことはない、と二人の想いを受け入れてくれたのだ。
ダイもまた、自らが同性であり、更には人間でもないということから望む返事は得られないかもしれないと不安を抱えながらポップの傍らにいた。だから、ポップをよろしく頼むと両親の言葉が返ってきた時には、涙を浮かべ頷いたのだった。
あの時の行動に、そして今も変わらぬ決意に後悔など一欠片もない。ポップはそんな風に思っていたのだが、ダイはそうではなかったのだろうか。
「……嫌だったか?」
「ち、違うよ! そんなことあるわけないだろっっ!!」
トーンを僅かに落としたポップの声に、ダイが被せるように否定の言葉を口にし、ポップは安堵する。
「そうじゃなくて……」
視線を手元に落としたまま、ダイはぼそぼそと話す。
「普通はさ、こういう行為って男の人と女の人がすることで、それで子供ができるわけだろ?」
「まあ、必ずしも……って訳じゃねえけどな」
「でも、おれたちには絶対にできないし。……おじさんとおばさんに申し訳ないなって」
本来ならば、きっとポップの横には可愛い人間の女性がいるべきで、二人はいずれ夫婦となり、子を成し、彼の両親もそれを喜んだに違いないのだ。
そんな、あり得たかもしれない彼らの普通の幸せを奪ってしまったのでは──。
身体の奥にポップの熱が吐き出されるのを感じながら、ダイはふとそんな風に考えたのだ。
「おれが……せめて女の子だったらよかったのにね」
ぽつりとそう吐き出したダイ。
「バカだなあ、おまえ」
ともすれば冷たくも聴き取れる言葉を口にしながら、ポップは苦笑とともにダイを腕の中へ閉じ込める。
「親父達はそんなこと気にしちゃいねえさ。それに、そんなの色んな可能性の一つにしかすぎねえだろ?」
軽い口調でポップは続けた。
「もしかしたらおれが女の子みーんなに振られちまって一人寂しく生きてたかもしれねえし? もしくはおまえ以外の男とくっついてたかもしれねえじゃねえか……考えたくはねえけどよ」
「それはそうかもしれないけど……」
未だ顔を曇らせたままのダイに、チュッと軽いリップ音をたててポップは口づける。
「少なくとも今のおれには、おまえが隣にいない世界が幸せだとはちっとも思えねえがな。ま、女の子のおまえに興味がねえって言ったら嘘になるけどよ」
そう言って照れ臭そうに鼻の下を擦るポップ。
「……うん。ありがとな、ポップ」
その言葉に、ようやくダイも小さく笑みを浮かべたのだった。
*****
その日の夜更けのこと。
(……ダイ。 私の残りの全生命力で、あなたの願いを……! ……愛する…と……せに……!)
(この声は……確か……)
*****
翌朝。
窓から差し込む陽の光に、ポップは薄っすらと瞼を開けた。腕の中には、すやすやと未だ眠りにつく愛しい小さな相棒(パートナー)。もう片時もこの存在を手放すつもりはないのだと、そんな想いで彼を自らの方へ引き寄せたのだが。
ふにゅ。
(ふにゅ……? いや、確かにダイはあったけえし柔らけえが、なんだこの異常な柔らかさは……!?)
温もりに再び閉ざされそうな瞼を無理やりこじ開け、ポップは腕の中の存在を見下ろし、そして固まった。
「……は? ……む、ね?」
ガバリと思わずポップは身体を起こす。その動きに伴って上掛けが捲れ、ひんやりとした朝の空気に肌が晒されたせいで、ダイも薄っすらと瞼を開く。
「ん……ポップ? どうしたんだ」
いつもと違う気配にダイも目をこすりながら、身体を起こす。
身体からはらりと落ちる上掛け。何も身につけていないダイの身体が、朝日に照らされくっきりと浮かび上がる。
丸みを帯びた滑らかな肩、すんなりとした腕、括れた細い腰、そして男にはありえない、小振りながらも形の良い二つの乳房。
無意識にゴクリと唾を飲み込んだポップは「それ……」と口にするのが精一杯で。
「それ? って……え!?」
ポップの視線の先、自らの胸元に目線を落とすと、ダイもまた硬直した。
「……おっぱいがある」
「……あるな」
ポップはそのまま視線を下げる。
「胸、だけじゃねえみてえだけど」
「……ない」
「……ねえな」
「「……………………」」
何故、どうして。そんな言葉が両者の頭を占める。暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはポップだった。
「だって昨夜までは……。……!」
ポップが放った『昨夜』という言葉に、思い当たる節があった二人は顔を見合わせる。二人の頭を過ぎるのは、昨夜のダイの発言。
『おれが……せめて女の子だったらよかったのにね』
「まさか昨夜言ったことが……」
「そんなまさか……あ……」
ポップが言わんとすることを否定しようとし、ダイは口を閉ざした。
「どうした?」
訝しみながらもポップが先を促せば、ダイは恐る恐るというように再び口を開く。
「昨夜夢で……聖母竜に言われたんだ」
「夢? 聖母竜だって?」
コクリと頷き、ダイは続けた。
「残りの全生命力で、おれの願いを……って」
「じゃあ女になったのは聖母竜が……?」
ますます信じがたい話ではある。だが、伝説の聖母竜ともなればそんな不可思議な奇跡を起こすことなど造作もないのかもしれない。ポップは、一旦そう結論付けることにした。
何しろ目の前にいるのがダイであることは間違いなく、そしてその胸元に膨らみがあることも、一方で昨夜愛してやったはずの男性の象徴が見当たらないことも決して夢ではないのだから。
よくよく見れば、ダイの身体も以前よりも更にこじんまりとしているし、顔立ちもどことなく柔和さが増している。ダイの母親ソアラもきっとこんな顔立ちであったのだろうとポップはぼんやりと考えていた。
一方でダイは、昨夜よりも更に深刻な表情を浮かべ、俯いてしまった。突然の出来事にただ驚いているというには違和感のあるその様子に、勿論ポップが気づかぬはずはなく。
「……ダイ?」
「……ごめん。おれのせいだ。おれがあんなこと口にしたから……」
青ざめた顔で、ダイは小刻みに震える手をぎゅっと握りしめる。
「おれが女の子だったらなんて……そんなの……本当はダメなのに……!」
「おい……どうした、おまえ……」
ポップが心配そうに肩に手をやるも、ダイは焦点の合わない瞳のままで。
「おれが子供を作るなんてそんなの……そんなことしたらまた……」
「ダイ!!」
ポップに強く名を呼ばれ、ようやくダイは口を閉じた。
「どうしちまったんだ? 女の子だったらって言ったかと思えば、なったらなったで今度はダメだとか。それに『また』っていうのは、どういうことだよ?」
ポップは出来るだけ落ち着いた声色で、ダイの言葉を促す。
「…………」
しかしダイは沈黙したまま、ポップから顔を背けるようにして再び俯いた。
『女の子だったら』。そう思ったことは決して嘘ではなかった。彼と彼の両親のあり得たかもしれない幸せに少しでも近づけられたのなら、そう思っての発言だったのだ。けれどそれは、ダイが男性であり、女性には決してなれないと理解っていたからこその発言で。
ところが、その発言が現実となり、あり得たかもしれない幸せが現実味を帯びて、ダイは恐ろしくなったのだ。
その『あり得たかもしれない幸せ』を築く一端が自分で良いのか……と。
ダイが心の奥でずっと抱いている恐れ──それは、ポップと共に生きていこうと誓ったものの、己といることでポップまでもが迫害を受けることになるのではないかというものだった。
父の紋章を受け継ぐ際に垣間見た、父と母との間に起こった悲劇。それが、もしこの先己と彼にも起こってしまったとしたら……。ダイの中でそんな怯えが突如膨れ上がった。
このままの姿でポップとまぐわい、彼の子供を身篭ってしまったら……? あり得たかもしれない幸せを築くことが、更なる悲劇を生んだら……?そうなった時に己がすべきことは……!
悲痛な面持ちで黙したままのダイを見つめ、ポップの中での疑念が確信に変わった。両親に自分達の話をしたのは、その可能性を否定する為でもあった。しかし今回の件で、その存在が明瞭に感じられ、ポップはぎりと奥歯を噛み締める。
隣に、この腕の中に確かに存在しているのに、ある日忽然と消え去ってしまいそうな漠然とした不安感。共に生きていくとそう決めたのに、何故ダイは……!
ポップは大きく溜息をつくと、昨夜と同じように、いや昨夜よりも更にきつく、ダイをその腕へ閉じ込めた。
「おまえが考えてること、当ててやろうか?」
そう低く囁いたポップの腕の中で、昨夜より一回り小さくなった身体がビクリと戦慄いた。
「『おれといることで、ポップまでが迫害されるんじゃないか』……違うか?」
「…………」
ポップの言葉を、ダイは肯定も否定もしない。けれどもその反応こそがダイの答えを物語っているのだと、ポップは理解する。
「なあ……ダイ。おれが今一番怖えこと、教えてやるよ」
悲哀を滲ませた声で、ポップはダイに囁く。
「おれは、おまえといるからって迫害受けようが、おまえが女になって子供が出来ようが、そんなもんちっとも怖かねえ。一番怖えのは……また、おまえがいなくなっちまうことなんだよ」
ダイの肩に顔を埋めるようにしてポップは顔を伏せる。その肩口に僅かに濡れた気配を感じ、ダイは顔を上げた。
「ポップ……」
「おれがテランでおまえに言ったこと、忘れちまったか? 『おれにとってダイはダイだ』って」
「……忘れるわけない」
ポップの問いに、そう答えたダイはおずおずと彼の背に手を回す。
あの日から一日足りとも忘れたことなどない言葉。
「なら、分かるだろ? おまえが竜の騎士だろうが、人間じゃなかろうが、男だろうが女だろうが……そんなもんおれには関係ねえんだ。ただこうやっておれの隣にいてくれりゃあ、それで構わねえんだよ」
そう吐き出したポップの声は震えていた。そのことに気づいたダイは、背に回していた片手をポップの後頭部へと移し、その手のひらで擦る。
「……泣くなよ」
「うるせえな。おまえがいつまで経ってもちっとも理解しねえからだろ」
ズズッと鼻を啜る音に、ダイはほんの少しだけ笑う。
「もうくだらねえこと考えてんじゃねえぞ」
「……努力するよ」
そんなダイの返事は、ポップには大層不満だったらしく。目尻に水滴が残る恨みがましい目で、ダイをジトッと睨む。
「おまえなー……あんまり理解らねえようだと……」
そう言ってダイをぐりんと寝台へ押し倒すと、ダイの腕を押さえ馬乗りになる。
「本当に孕ませて、何処にも行けないようにしちまうぜ?」
「……!!」
口の端を持ち上げ、そう言い放つポップ。その瞳に本気の色が見て取れ、ダイは小さく息を呑んだ。
一瞬の沈黙。
ダイがこくりと喉を鳴らすのと同時に、ポップはぱっと手を離し、ダイの上から退いた。
「さーて! どうすっかなぁ……! まずはデルムリン島のじいさんとこか? あ、でもその前に服を調達した方がいいか……?」
ダイに背を向け、声を張り上げるように明るくポップは言う。
「それからパプニカとカールにも……「ポップ」」
ポップの独り言を遮るダイの声。
「……ごめん。それから……ありがとう」
微かに震えるダイの声と、胸元に回された小さくなった掌と、そして背中に感じる柔らかな膨らみと。
「……おう」
その存在が二度と離れぬよう願いながら、ポップは小さな掌に己の掌を重ねるのだった。
******
ダイくんは、自らが存在しないみんなが幸せな世界を自然に描けてしまう子じゃないかなという思いがあり……。彼の中では、自分が迫害されることよりも、自分がいることで自分の大切な人達が傷つけられることの方が辛いんじゃないかなと。
でもこのポップはダイくんがいなくなろうとしても、地の果てでも何年かかっても追いかけるんじゃないかなと。
「孕ませる」云々は、ちょっと私のヘキが出ちゃった所ですw